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文字数 1,339文字

  あのガワも中には胞子が詰まっているのだから、今夜の雷を楽しんでいるだろう。

 致死力は高いが、あのガワに詰まっている胞子だって、成長すれば菌糸になり、やがてきのこに成長する。

「そうだ、アイツだっておれの仲間なんだから、怖がる必要は無いんだ」

 暗闇の中で自分を勇気づけると、ソロはえいやっと外へ顔を出した。
 相変わらずの雷雨だ。

「変だなぁ。寝る前はこんなにノウゼンカズラが無かった気がするけど」

 ノウゼンカズラの(つる)をかき分けて、ソロは桜の(うろ)から這い出た。

 ソロはサンダルを脱ぐと、その太い幹に絡みついているノウゼンカズラの(つる)を何本かまとめて掴みながら、器用に上へ昇って行った。

 ある程度の高さまで昇ると、視界が開けて西の方がぼんやりと赤く光っているのが見えた。

「プるトタキすィーテスだ」

 今朝、たぬキノコと一緒に眺めたプロトタキシーテスの一群が燃えている。

「雷が落ちたのか」

 あんなに育ったのにもったいない。

 カミナリダケが正式名称なのに、今晩の雷は養分に蓄え切ることができず、その身を燃やしてしまうほどの巨大なエネルギーを叩きつけられたのか。

「ソロ」

 たぬキノコの声がして、ソロはハッとした。

 さっき怖い思いをしたので、愛しさもひとしおだ。

 また何が起こるかわからないから、今のうちに思いを打ち明けておかねば。

「たぬキノコ聞いてくれ。オレ、お前のこと」

「僕、タヌキだよ。だからそれ以上言わなくても大丈夫」

 やんわりと対応されたが、伝えたいことは伝わっているようなので、まあ良しとした。

「プロトタキシ―テスが燃えてる」

「僕も見てるよ、雷に打たれすぎて良く燃えてるね。雨が降ってるのに、頑張って燃えてる」

「きのこのくせに火の味方かよ」

「ふふ、あんまりよく燃えるからさ。でも、これで胞子が拡散して生息域が増えるんじゃないかな」

「そうかなぁ。生息域を増やしてもあんなにデカくなれること、もう無いと思うぜ。もったいない」

「明日、一緒にプロトタキシ―テスの燃え跡を見に行こうよ。校長先生もいい勉強になるから、ソロとキャピタルを誘って行っておいでって言ってる」

「そうだな、どんなモンかオレも気になるし」

「今晩の雷は楽しんでるかい? 僕も素っ(すっぱだか)の校長先生と一緒に、雨に打たれながらノンビリ浸っていてるよ」

「オレも。お袋とじいちゃんと一緒に庭で雷聞きながら雨に打たれてた」

 桜の(うろ)で眠っていたことは言わなかった。

 ガワにビビり倒して泣きながら震えていたことも。

「ごめんね、べつに用もないのに話しかけて。これから僕は寝るんだけど、その前に、ソロも雷を味わっているかな、とか、共感したかったんだ」

「オレも雷を誰かと共感したかった。ありがと」

「嬉しいよね、雷って。話につきあってくれてありがとう。おやすみ、ソロ」

 サイレンと雷と、豪雨の音がソロの耳に戻ってきた。

 用も無いのに話しかけてくれる相手がいて、ソロは嬉しくなった。

 まだ菌類の量は少ないが、遠くにいてもこんなふうに通じることができて、自分もきのこの恩恵にあずかることができるのだと安堵(あんど)した。

 桜の木から滑るように地上に降り立ち、サンダルを履いて自宅へ戻った。

 これから図書館へ行って、林田の顔写真が載った新聞記事を探しに行かねばならない。
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