p15

文字数 1,897文字

「おれ、ソロの一個上なんだからな。今度から『先輩』ってつけろよ」

「タメだと思ってたぜ……」

 緊急事態で友達の知られざる一面を知り『もう一年留年しても大丈夫そうだ』という勇気が、背中の痛みを和らげてくれた。

「あとは軍隊が追っ払ってくれるの待つだけだ。腹減ったから残りの弁当食うわ。」

「お前さっきバナナも食ってたじゃねーか」

「もう消化した」

 キャピタルは鼻歌交じりに弁当を広げた。

「ん-んっんんんっんんーんっんっん、んんんーんんんっん、んんんっん」

 滅びた国の歌らしいが、キャピタルの口から出て来る歌詞は「ふ」と「ん」のみで、メロディだけがソロの耳にもこびりつくぐらいヘビーローテーションされている。

「ふん、ふーん、んんんっん、んんんーんっんんんんんっんん。ふん、ふーん、んんんっん、んん、んんんんっんー」


「Huh! 」


 覚えやすいメロディなので、気が付くとソロもうっかり合いの手で「Huh! 」を入れてしまうほど中毒性の高い歌なのである。

 コイツを授業中だろうがテスト中だろうがソロがケンカで負けてボコされている時だろうが何の前触れも無くキャピタルが繰り出してくるので、うっかり一緒になって歌い出さないようにソロは気を付けている。

 先日など他校の生徒から絡まれている時に鼻歌交じりに現われやがって、条件反射でソロが合いの手を入れてしまい二人そろって生暖かい目で見られてしまった。

 ケンカに発展する前に向こうが哀れみの目をこちらに向けながら退散したため、争いは避けられたが、ああいうのはむしろ恥ずかしい。

 これを避けるために耳をイヤフォンでガードし始めたのだが、効果はない。

 結局サビに差し掛かったところで抗えず、縦ノリで拍子を取って一緒にハミングしながらソロは時計を見上げた。

 まだ9時30分だ。軍隊が速やかに捕食者を退けてしまったら授業が再開してしまう。

「体育が始まるまで軍隊の奴ら、てこずってくれねーかな・・・・・・」

「だな。パセリ食えよ」

「いっつも気になってんだけど、そいつは食いもんなのか? 飾りだろよな? 」

「知らね」

「自分が知らねーもん他人に勧めんな」

「姉ちゃんが毎回弁当に勝手に入れんだよ。弁当箱に入ってるってことは、食い物ってことだろ。食えねーもんはフツーは弁当に入れねー」

「お前は弁当作ってくれる家族がいていいな」と、言いかけたところで、遠くからおびただしい数の足音と、銃火器が揺れる音が聞こえてきた。聞き慣れた音に、ソロとキャピタルは軍隊が到着したことを察した。

「珍しいな、校内まで軍隊が見に来るなんて。パセリじゃなくて塩サバくれよ」

 捕食者は大抵、屋外に現れる。

 ソロたちの菌類と同じように、捕食者の菌類も何かしらの生物に寄生して育つ。

 そして、きのこに害を成す輩を粛清しに来るのだ。

 その姿は植物だったり、動物だったり、時には人間だったという報告もある。

 妙な話だが、捕食者は人間ときのこの社会に溶け込んでおり、無意味な収穫に虐げられるきのこの悲鳴に、耳を澄ませながら生活しているようなのだ。

「念のためじゃねーの? 林田(仮)のこともあったし。塩サバはダメだ、鮭とアジフライと米との配分を考えながら食ってんだから均衡が崩れる。欲しいなら食う前に言え」

「言ったらくれんのかよ」

「当たり前だろ、でも今はダメだ」

「今がダメならその前と後もダメだろ」

「そんなことより、タヌキのことは心配してやんねーのかよ」

「たぬキノコは校長と一緒だから平気だろ。校長は従軍経験もあるし、いざとなったらビームで」

 ふと、ソロは妙なことに気が付いた。

「なんか静かだぞ? 」

 遠くから慌ただしい足音が聞こえていたはずなのに、今はキャピタルが弁当を食う音しか聞こえない。

 それに、遠くから妙な気配を感じる。

「きゃぴたん、なんか変だぜ」

「何が」

「なんかこわい、めちゃくちゃこわい」

 ソロの菌類が警戒している。背中の痛みも林田(仮)のことも頭から吹き飛んで、今はここから逃げ出したい。

「そのスリルとやらがたまんねーってさっき言ってたじゃねぇか」

 捕食者が現れた後の惨状は、過去に何度も報道されているし、教科書にも載っている。

 捕食者による食害を受けたきのこと人間の惨状だって、授業でも散々聞かされているし、なんなら親水緑道のガワのように、回収されないまま木や道端から生えていたり、草むらに放置されている。

 人間は捕食者の気配を察知することはできないが、その恐ろしさを知らないわけではない。


 なのに、キャピタルは落ち着いて弁当を貪っている。


 食欲が恐怖を上回っているのか。


 例の鼻歌まで交えて、余裕たっぷりだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み