p129 ニオウシメジ

文字数 1,159文字

 キャピタルの鉄筋コンクリートのような膝枕も、自分の熱も、突然切り離されたようにシャットダウンしてしまった。

 だが、それは一瞬だった。

 電源が入ったように、パチッと、えんじ色の空間にソロはたった一人で座っていた。

「なんだぁ? ここ」

 うごめくえんじ色の壁が、遠くの方から白い光に飲まれていくのが見えた。

 リョウに会えるかもしれない思って、光の方向へ行ってみようと重い腰を上げたが、なんだかここに留まっていた方が良い気がして、座り直した。

 しかし、それでもなんだか怖い。

「リョウ・・・・・・」

 ソロは自分自身を抱きしめるようにして、膝も折り曲げて、なるべく小さく丸まって寝転んだ。

 こうしていれば、なぜか、見逃してもらえる気がした。
 誰に、何を見逃してもらえるのかは知らないが。
 
 白い光が迫ってくる。

 さっきは遠くの方が点のように見えていただけだったのが、今は凄まじい速さでソロがいる場所まで迫っている。

 えんじ色の壁は溶解したようにドロドロの液体に変化し、白い光に飲み込まれていった。
 
 真っ白で眩しい。
 雪が降り積もったときのような静けさだ。
 違う。
 雪が積もったところなんか、見たことが無い。
 降り注いでいたのは灰。
 ゴーグル無しでは歩き回れない。
 マスクをしていても口の中はザラザラ。
 だが、灰が降ると交通機関が麻痺して、いつもよりも静かだった。
 厄介な降灰だったが、あの静けさがソロは好きだった。
 静けさの中でぼんやりしていると、後ろから、堂々と遅刻してきたリョウが声を掛・・・・・・
「ソロ」
 リョウの声じゃない。けど、好きな声。
「囮、ごくろう」

「おとり? 」

 起き上がると、捕食者のガラテアがいた。先ほど扉の中に居た頼りない可憐な花ではない。

 たくましく、頼りがいのある美しい男の姿だ。良い香りがするし、学ラン姿が麗しい。このサイズなら、リョウに引っこ抜かれることはないだろう。

「リョウは? 」

「二人とも俺の中で休んでいる」

「もう一人のリョウって、ツル太郎だよな」

「そうだ。ツル太郎の名はレウ。リョウとツル太郎は二人で一つ。リョウは体に寄生していた菌が合わず、分離の治療を長年受けていた。リョウから分離されて生まれたのがツル太郎。だが、捕食者としての能力はリョウに色濃く残り、ツル太郎には形ばかりのわずかな力しか受け継がれなかった」

 レウという名があるのに、ツル太郎が定着しつつある。

「お前の中にリョウが隠れていたように、今は俺の中に二人いる」

「じゃあ、学校に根を下ろしていたきのこのリョウは」

「あれはただのニオウシメジだ。リョウの私物が置いてあれば、人間共も捜索してくれるだろう思ってな」

ニオウシメジ……。
まあいい。リョウじゃなくてよかった。


「リョウが俺の中にいるって、初めて会った時からわかってた? 」
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