p37 校長は虫が苦手

文字数 1,902文字

「やるわ」

「そう言ってくれると思ったぜ! やっぱイイ奴だなソロ! 」

 無邪気に喜んでいるキャピタルをよそに、ソロはとんでもない弱みを一番知られたくない存在に握られてしまったことを激しく後悔した。

 迂闊(うかつ)だった自分が許せない。

 下手すると、さっきのキャピタルの二の舞だ。

「なー校長、なんでこんな危険なことオレらにやらせんの? 子供だぜ、オレら」

「浮島の要求は基本誰であろうと断れない。まずは登山に慣れろ。今週の土日で高尾山でも行け」

「山なんか登りたくねぇよ、どうせ灰まみれだろ。他にいい方法ないのかよ」

「あそこは登山道の整備をいち早く済ませている。ついでにタヌキも連れて行ってやれ。どうせ標高が上がれば松本さんか柴田さんが運搬することになるんだ。練習しろ」

「浮島のクエスト受注かぁ。まさかマジで一般人にも回ってくるなんて」

「うちの学校の生徒や、私を含めた教職員も結構やってるぞ。大丈夫だ、きっとやり遂げられる。とりあえず決まっていることに集中しろ。まずは登山、そのあとは期末テスト」

 納得いかないが、『決まっていることに集中しろ』は間違ってはいないとソロは思った。

「でもでも校長先生、タヌキさえ送り届けりゃ期末が赤点でも進級できるんですよね」

「そうだぞ、頑張れよ柴田さん。中間テストは鮮血に染まったようだったが」

「まずは教科書持ってこいよ」と喉まで出かけたが、ソロはやめた。

「なあ、たぬキノコは富士山行くまでどうするんだ? 」

「タヌキ部分の健康状態を富士登山に耐えられるようにしないといけない。毎食の世話と適度な運動が必要になる。私が預かってもいいと思うが、タヌキはどうしたい」

「迷惑ばかりかけて申し訳ないんだけど、誰かのお世話になりたいです」

 合理的で素直なたぬキノコに、ソロは再び心臓が高鳴ってしまった。

 空飛ぶ島から意思を持って地上に降り立った珍しい菌類なのだから、夢中にならない方がおかしいのだ。
「校長は死にかけのカメムシしか取れないからな。オレんちが妥当じゃないか? 」

 いの一番にソロが名乗りを上げた。

 これを機にたぬキノコと距離を縮めたい。

 ダメ押しで火を通してオシャレに料理した祖父をご馳走すれば、胃袋を掴むことが可能かもしれない。

「実はカメムシは教頭先生にお願いして取ってもらったのだ。たしかに私では生餌(いきえ)を取るのは難しい。恥ずかしながら、虫が苦手なのだ」

 常に殺虫剤と虫よけスプレー、蚊取り線香を持ち歩いているなど、校長の虫嫌いは筋金入りである。

 虫を引き寄せるために花に擬態している菌類に寄生されているのに。

 先日はゴキブリが視界の端に映ったとか映らなかったとかで、予告なしでバルサンを大量に焚いて火事と間違われてしまい、消防車を出動させたくらいである。

「虫は取れないが、火を通したサツマイモやリンゴ、ドッグフードではダメだろうか」

「それだとタンパク質が足りねぇんじゃねぇかぁ? 」



 いいぞキャピタル! もっと畳みかけろ!



 思わぬところでキャピタルの援護が入り、ソロは内心小躍りした。
 脳内で『ラデツキー行進曲』が1.5倍速くらいで流れ、ソロの中の全細胞がキャピタルに向けて拍手と喝采を送った。

「そうだよな、それじゃタンパク質が足りないよな。オレんちのじいちゃんとか食った方がいいよな」

「でもソロのお世話にはなりたくないです」

「なんでだよ、たぬキノコ! うち来いよ! 」

「ソロぉ。おれもじーさん食べたい」

「オメーは引っ込んでろっ」

 ほんのちょっと前まで全細胞がキャピタルに向けて拍手喝采を送っていたのに、この言動。

「なんだテメーその言い方はっ! 」

 突然の乱暴な態度にキャピタルだって、お(かんむり)である。

「二人とも、小競り合いはやめなさい」

 校長が間に入ってもだいぶ揉めたが、多数決でたぬキノコは校長の家で世話になることになった。

 キャピタルの機嫌を損ねて票を失ったのがソロの敗因だ。

 たぬキノコさえ浮島へ送り届けてしまえば進級確定となったキャピタルは気を良くしたのか、授業をサボるのはやめにして、素直に教室に戻った。

 対してソロはというと『休みの日に疲れることはしたくねー』とか、グダグダした気持ちでキャピタルの後に続いた。

 放課後、真っ二つに折れた林田(仮)のきのこが軍によって、しめやかに教室の外へ運ばれていった。

 その際、林田(仮)の葬式は、軍の調査の結果次第と言い渡された。

 軸部に付いた万年筆の傷跡について、軍人が首をかしげながら二言三言なにかつぶやいていたがソロは
『許せ、林田(仮)』
とだけ心の中で謝って(謝ってない)、その姿を見送った。
好きだが、それとこれとはまた別なのである。

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