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文字数 1,002文字

「なんだよ校長。そんな急いで来なくたって良かったのに」

「こんな暗い時間に、10Kmも歩いて帰ろうとする子供を、放っておくやつがあるかっ。そもそも三人合わせて所持金20円で出かけるとは何事だ」

 突如現れた威厳と貫禄を備えた年代物のきのこに、酔っ払いたちが色めき立った。

「雷みたいにキレイなきのこだぁ」

「一緒に飲みませんか」

「踏んでください」

「味薄いけど歯ごたえあるツマミ食べませんか」

 たぬキノコのドッグフードを勧める酔っ払いがいるが、もとをたどれば校長のドッグフードだ。

「すみません、わが校の生徒がお邪魔しました。私は生徒を送って帰らねばなりませんので、ここで失礼します」

 ソロとたぬキノコも酔っ払いたちにお礼を言って、校長に手を引かれてその場を後にした。

「校長ってやっぱモテるんだな」

「当たり前だ」

「オレもモテたいよ」

「松本さんは林田さんにモテてただろう」

「ファっ? 」

 思わず校長の顔を見上げる。

 白地に薄桃色が不規則に入った花弁が本物のように美しい。

 きのこが擬態しているようにはとても見えない。

「少なくとも、私からはそう見えたよ」

 一重咲きの花弁の中心にある、黄色くて丸い花芯がまっすぐ自分を見つめている。

 人型に花の頭。

 なんと奇妙で造形美に優れた生き物か。思わず見とれてしまう。

「今はまだ見つかっていないが、きっと・・・・・・」

 その先を言い淀んで、校長は黙ってしまった。

「すまない。保証できないことを言おうとした。悪かった」

「別に謝ることじゃ」

 つい校長に見とれてしまったが、今はそんなことより林田が云々の方が気になる。

「私は松本さんに謝ることが、たくさんある」

「待って校長。たぬキノコが遅れてる」

 ソロは校長の手を離すと、遅れて付いて来るたぬキノコを迎えに行った。

「ごめんねぇ、ソロ。お世話になります」

「いいんだ」

 ソロは慣れた手つきでたぬきノコを抱き上げた。

 たぬキノコの体が昨日よりも温かい気がする。

 校長の家で良いものを食べさせてもらって、少しだけ元気になったようだ。

 だが、ソロは昨晩のガラテアの真似をして、あえて短ランをたぬキノコに被せた。
 
 ワイシャツ一丁になると意外と寒くて後悔したが、今更引き下がれない。

「オレさ、校長の采配に納得いかないこといっぱいあるけど、それに対して謝ってほしいって思ったこと無い。そもそも、負けたオレが悪かった」

「そう思っていても、傷ついただろう」
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