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文字数 1,324文字

「限定・・・・・・めぬう・・・・・・? 」


 大音量で流れる『シューベルトの軍隊行進曲』と、体に走る(にぶ)い痛みと酸っぱい(にお)いで、ソロは夢から目覚めた。

 短ランとワイシャツは血とゲロまみれ、周囲も血とゲロまみれ。最悪だ。

 腸にウンコが詰まっていたら、きっとまき散らしていただろう。

 たまに祖父を食べるが、それ以外は経口摂取(けいこうせっしゅ)をサボってほぼ菌類に任せるままにしており、本当に良かったとソロは思った。

 おかげで虫歯とは無縁だし、菌類に寄生されると何かと楽だ。

 (ちり)と化した(つる)まみれの教室で体を起こして時計に目をやると、(つる)の捕食者を退(しりぞ)けてからさほど時間は経過していなかった。


 たっぷり眠った気がしたが、そんなに時間が経っていなくて驚いた。

 ウォークマンにイヤフォンを刺し、片耳に装着する。

「よお、ソロ」

「キャピタル。無事だったか」

「おれはタンコブだけで済んだから。お前は首が千切(ちぎ)れる寸前で治療が大変だったらしいな」

「うわぁ・・・・・・、そうだったのかよ。写真でぜひとも確認したかったぜ・・・・・・」

「おれも見たかったぁ」

 そんなに危ない状態だったのなら、こんなに吐いてもしょうがなかったか、と周囲のゲロを見て思った。

 それにしても、自分は腕やら足やら(つる)に絡みつかれたアザがくっきりと残っているのに、キャピタルには一切それが見られない。

 あの状況でタンコブだけで済んでいることが、肉体の頑強(がんきょう)さを示している。

「オレも体鍛えようかな」

「お前の場合は食うところからだよ。肉が少なすぎ」

「じゃあいいや」

「良くねえよ」

「食べるの苦手なんだよ、めんどくさい。じいちゃん以外食いたくねぇし」

「確かに。お前のじーさん美味いよな。今度は塩サバ取っといてやるからさ、また、じーさん食わしてくれよ」

「んじゃ、今度焼いとく」

「甘めに煮て。そしたら日持ちするから。お前、首が千切(ちぎ)れかけてる状態で、おれの兄ちゃんぶん殴るつもりだったんだって? 」

「殴れねぇな、そんな状態じゃ」

「ていうか殴るも何も手が届かないだろ。兄ちゃん180越えの大男なんだから」

「そういえば、その大男はどこ行った」

「さぁー? おれも、さっき起きたばかり・・・・・・」

 その時、林田(仮)が腐らせて穴を開けた床から緑色の物体が姿を見せた。

「ぱピタル、逃げろ! 」

 ソロはキャピタルを突き飛ばすと、思い切り緑色の物体に噛みついた。

 しかし、その感触に違和感を覚えた。なにやら、妙に小ぶりなのだ。
 味も苦くない。

 その感触の正体を確かめる間も無く、ソロの体は宙に浮き、机と椅子をなぎ倒して教室の端まで吹ッ飛んだ。

 何が何やらわからないまま、せっかく治療を受けた体に痛みが走る。
 
 首も完全に繋がっていないのか、もげそうになる感覚が脳にダイレクトに伝わってきた。
 
 顔を上げて周囲を見れば、机や椅子が教室中に散乱している。

「ぴャピタん」

 キャピタルの姿を探すと、ソロに突き飛ばされたままの状態で硬直している。

 自分とキャピタルの周囲に捕食者の(つる)は見当たらないが、それが返って恐ろしかった。

「にゃぴたん、逃げろ! 」

 ソロの声には反応せず、依然(いぜん)動かない。

 いくら(きも)(すわ)わっていても、実物から攻撃を受けた後では恐怖で体が動かないのか。
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