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文字数 1,675文字

「・・・・・・あれか?」

 バンクは体育座りで待機していたソロを(あご)でをしゃくった。

 バンクと目が合った瞬間、ソロはまた爆音でやられるのではないかと警戒し耳を(ふさ)いだ。イヤフォンの上から。

「オ、オレになんかようかよ」

「テメーのせいだな。L・Mの成績が悪いのは」

 酷い言いがかりである。そして嫌がっているのにまだ言う。

「それは(もと)からだろ」

「なんだとナントカカントカナントカ!!! 」

 ナントカカントカなどと実際には言っていない。
 声がデカすぎて聞き取れないのだ。
 
 至近距離から放たれる音爆弾(おとばくだん)でソロの鼓膜(こまく)が吹っ飛びそうになったところで、若干(じゃっかん)涙目のキャピタルが割って入った。
 
 キャピタルは慣れているのか、バンクが何を言っているのかあの音量でも理解できるらしく、鼓膜(こまく)もノーダメージのようだ。


「もぉお! 仕事やれよ! こんなところで時間つぶしてたら、さっきの捕食者が戻ってきて他の奴らを食い殺しちまうだろ。追っ払うのが兄ちゃんの仕事だろっ」

「なんだあの(から)の弁当箱は」

 バンクは教室の(すみ)に転がっている(から)の弁当箱に目ざとく気が付いた。

「実家で見た気がする」

 疑わし気に自分の弟を見上げ、(にら)みつける。

 その眼光の鋭さに(おのの)き、キャピタルはしどろもどろになって言い訳を絞り出した。

「あ、あれはソロが早弁(はやべん)してあそこに放り投げた。おれとお(そろ)の弁当箱だ」

「行儀が悪い」

「いいから、仕事に戻れっ。そして帰れっ、市ヶ谷駐屯地(いちがやちゅうとんち)にっ」

「捕食者なんかとっくにいねぇよ。首は取り逃がしちまったけどな。あいつが現れた穴をさっき調べたが、もう影も菌もこの辺りには残ってねーよ」

「じゃあなんでいつまでも残ってんだ。去れっ」

「こいつと、こいつが連れて来たタヌキに用事があるのさ」

 耳をやられてノビているソロの頬にビンタを食らわすと、バンクはソロでも聞き取れる音量で更に続けた。

「このクソ坊ちゃん、今まで何度も軍隊を出動させてるらしいじゃねーか。どいつもこいつも『まだガキだから』って甘い顔するからつけあがる。いつか説教(せっきょう)してやるって常々(つねづね)思ってたんだ。説教(せっきょう)のついでにタヌキの用事も片付けに来たんだよ」

 今までソロのもとへ現れた警察や軍人はこんなデタラメに乱暴ではなかった。
 
 むしろ、ソロの様子を時々見に来てくれたり、連絡をくれるものまでいる。

 祖父と母がきのこ化、父は戦地で行方知れずで保護者がいない状態なのを考慮(こうりょ)してくれているからだ。
 
 現在、ソロや林田のように保護者や親戚がおらず、子供だけ残されてしまった事例が増えていることが社会問題となっている。
 
 ソロや林田のような子供たちの生活費や物資は、国からの補助金や住民票を置いている各自治体(かくじちたい)、アジア救済連盟などから支給されている。

「ソロ。自分のきのこを引っこ抜く前に、今度から少しは頭使えよ。今度からきのこを引っこ抜く前に俺を思い出せ。俺の顔と声はもう覚えたな? 覚えたよな? こんだけやりたい放題やられて悔しいよな? 二度と忘れないよな? 」

 余計なことばかり喋り、なかなか黙らない軍人。
 二度と忘れられるわけが無い。

 延々(えんえん)と流れ続けるシューベルトの軍隊行進曲が、コイツのテーマソングとなり果ててしまいそうで嫌だ。

「きのこの無意味な収穫イコール俺だと思え。俺が脳裏をかすめた時が、お前の不安の最高潮だ。俺の顔を思い出したら、無意味な収穫をする前に俺の実家へ行け。妹とL・Mもろとも俺がまとめて面倒見てやる」

 もう一発、ソロの顔面をビンタして少し気が済んだのか、バンクはやっと手を離した。

「まったく、俺の帽子に歯形付けやがって。まあいい、俺の用事は済んだ。タヌキのところへ行く。お前らは教室を掃除しとけよ」

 バンクはそう言い捨てると、小隊を引き連れて去っていった。

 見るも無残な教室に取り残されたソロとキャピタルは、恐怖から解放されてしばらく放心していた。


 キャピタルに(いた)っては、小隊の皆さんにまであの話を聞かれてしまって、すっかり憔悴(しょうすい)しきっている。

 オマケに、軍の方々にまで通話記録を聞かれているときたもんだ。

「・・・・・・やるぞ、キャピタル」
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