p73 バンク再び

文字数 1,060文字

「別にいいのに。帰れって言っといて」

「『何を言う、帰りはどうするつもりだったのだ』って焦ってるよ」

「こっから10Kmくらいだし、歩いて帰るつもりだったぜ。なあキャピタル、10Kmくらいなら歩くよな」

「当たり前だろ」

「キャピタルも歩くってさ」

「みんなそんな感覚なんだね。僕も富士山に登る時までに、しっかり体を鍛えておくね」

「オレらが抱えていくから大丈夫だろ。そのままでいい」

「足手まといは嫌だよ。僕は成長したいんだ」

 さっきまで柴田姉弟のことで泣きたい気分になっていたが、今度は成長したいと願うたぬキノコの健気さに打たれて涙が溢れそうになった。

「心身ともに成長した姿を、故郷のきのこたちに見てもらいたいんだ」


 なんて健気なたぬキノコ。


「たぬキノコがオレの手から離れてしまう日が来るのが悲しいぜ。オレにはもう、お前しかいないのに」

 今朝までガラテアとキスしたいと思っていた者の言葉とは思えない台詞である。

「離れるも何も、くっついたことが無いじゃないか」

「で? 校長どのくらいでこっちに来るって? 」

 都合の悪い部分は聞かなかったことにした。

「一之江を今出発したって言ってたから、十分くらいで住吉に着くんじゃないかな」

「駅で待ってた方がいいか聞いて」

「ここで良いって。でも、この公園にもガワがいるから、動かないで明るい所で待っててって言ってる」

「キャピタル、校長が来るからここで待ってろって。あと、ガワがいるから、あんま動くなってさ」

「マジかよ。これから暗くなるのに・・・・・・」

 どうやらキャピタルも暗闇のガワが苦手なようだ。

 いつの間にか空は紺色の部分が増えて、明るいのは西の端のみとなっている。

 周囲を照らすのは、ライトアップされたプロトタキシ―テスと公園の街灯だ。
 
 周囲を見渡すと、さっそく茂みから足を出しているガワが目に入った。

「知らない場所だし、ここで待っ」

 ソロが言いかけたところで、キャピタルの携帯電話が鳴った。

「カノジョか。スピーカーフォンにしろ」

 電話を奪いにきたソロをアイアンクローで制圧し、キャピタルは電話に出た。

『リトル・マッスル。今どこにいる』

「なんだ、兄ちゃんか」

「チッ、ゲロビンタかよ」

『誰だア! 今ゲロビンタっつったのは! 』

 バンクがお(かんむり)になった瞬間、ソロとキャピタルは膝から崩れ落ちた。

 ソロはたぬキノコを小脇に抱え、慌ててほふく前進で電話から離れた。
 電話越しでも凄まじい音量である。
 
 それにしても、電話越しで自分が悪く言われていることを察知できるとは、なんというカンの良さだろう。
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