p19 シューベルトの軍隊行進曲

文字数 1,387文字

 朦朧(もうろう)とする意識の中で、ソロは教室の入り口に目をやった。
 

 先ほど大量の(つる)が廊下の壁にめり込ませた侵入者が、いつの間にかいない。

その代わり、大きな影が教室内に入り込んでいた。

 ちょうど陽気なカルメンも終わった。

 「次の曲なんだっけ」と気にしていると『シューベルトの軍隊行進曲』がリズミカルに流れてきてしまった。
 
 もういいやとソロはあきらめた。

「おやおや、首が吹っ飛んじまったか・・・・・・」



 吹っ飛んだ?
 オレの首のこと?
 まさか、キャピタルの?



「安心しな。捕食者の首だよ、クソ坊ちゃん」

 (つる)の捕食者の気配が薄れる。

 林田(仮)が腐らせて床に開けた穴へと、(またた)く間に消えて行くのを感じた。

 教室中にうごめいていた(つる)も、あっという間に(ちり)へ変わった。
 (つる)の捕食者の痕跡は、ソロの口の中の苦い小葉(しょうよう)だけだ。

 鉄錆(てつさ)びのような味はしない。赤い血が流れていたのに、(つる)の部分は完全な植物らしい。
 
 チカチカと切れかけの蛍光灯のように点滅する視界に、顔が映り込む。
 
 デカい図体といい声といい、既視感(きしかん)がある。見慣れた顔のような気がするのだが、覚えのある顔よりも、やけに引き締まった表情のような。
 この大男もきのこならば、ちょっと細胞核を交換してみたい。

「捕食者の顔面ぶん殴るなんて、リミッター外れてんなァ。常識じゃ考えられねぇ」

 なんだか小ばかにされている気がして、ソロはコイツもブン殴ってやろうと思った。

しかし、その前に確認しなければならないことがある。

「なあ、にャピタルは無事かよ」

「そんなグロい状態でもきのこ同士の揮発性物質(きはつせいぶっしつ)で会話ができるんだな」

「グロい?」

「どんなザマか知らない方がいいぜ」

「あとで見たいから、ちょっと写真撮って。キャピタルがいつもカメラ持ってっからその辺、(あさ)って」

「趣味が悪いな」

「撮ってくんねーなら失せろ。あ、ダメ、パャピタルが無事かどうかだけ教えて。オレ、さっき友達一人死んじまったんだからさ・・・・・・」


 顔も名前も思い出せないけど、好きだったことだけは覚えている。

 本当はもっと仲良くなりたかったのに。

 友達のまま死んじゃった。


 もう忘れないために、自分がどんな状態でも今日中に必ず林田の顔を調べに行こうとソロは思った。

 そうしなきゃ、林田の遺影と葬式で初対面ということになってしまう。

「仲良かったんだぜ。オレがそう思ってただけかもしれないけど」

「キャピタルは無事だぜ。眠れよ、松本ソロ」

 眠るわけにはいかない。
 キャピタルの生存確認は済んだ。
 あとはコイツを絶対に殴るだけだ。

「どこの誰だが知らねぇけど、オレのこと(あなど)ってんだろ。テメーをぶん殴るまでオレは眠らねぇ」

「それがこれから助けてくれる奴に言う台詞(セリフ)かよ」
 
 大男はソロの前にかがむと、(つる)にねじ切られる寸前だったソロの首に手を当てた。
 
 ソロは自分で確認できないが、実はかなり酷い状態だ。

「俺らに巣くう菌類っていうのは分離・分解・分析ってもんが得意だ。俺はもちろん、きのこに成りかけのお前だってそうだ。相手の皮膚の状態を分析して、体内の菌類を応用すれば、こうやって再生医療にだって利用できる」

 傷口に不愉快な感触が流れ込んできた瞬間、ソロは吐き気を(もよお)し、こらえきれず嘔吐(おうと)した。
 
絶望的な不快感だ。

「異物が入ってくるわけだから、まあ、当然の反応だ」

 焼けるような痛みまで伴い、背中から冷や汗が噴き出す。

 
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