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文字数 972文字

「逃げても、状況は変わらない」

 弱いなりに現実に立ち向かって、報われなかった者の痛みがソロの胸にも広がる。

 他者から受け入れらない、理解してもらえないことが積み重なって、いつまでも治らない火傷を負っているような痛みに、眠っている時も苛まれている。

「耐えたって変わらない。いじめられて泣いてばかりで、もういいじゃないか。どうして、そんなことを続けるんだ。見ている俺も辛い」

 歪んだ視界から温かいものがこぼれ、頬を伝った。

 涙に溺れていたガラテアの姿が、ハッキリと映し出される。

 林田の目から溢れる涙を、いつものように拭いてあげたいとソロは思ったが、何もできない。

「鳴き声が異なっても、松本は手を差し伸べてくれた」

 この世で一番大切な宝物を、誰にも傷つけられないように、林田は中にいるソロを自分越しに強く抱きしめた。


 その感触から、ソロは林田が自分に向けていた思いが流れ込んでくるのを感じた。
 
 
 喉が渇いて水を求めるように欲しかったものが、林田から惜しみなく注がれる。

 ささくれ立っていた劣等感が、生爪が剥がれたような痛みが、いつまでも治らない火傷が、林田に濾過されて押し流されていく。


「でも、松本の手を取ることは許されない。天敵だから」

 林田が今まで誰にも言えず、胸に抑え込んでいた感情は、

「一緒にいることが叶わないなら、松本の中にいたい」

 抑え込まれた分だけ激しく反発して、絞り出すように口から洩れた。

「融けて、松本になってしまいたい」

「ソロは侵略者だ。誰のことも欲しがるし、リョウ以外の存在にも永遠に目移りする。そんなの、耐えられないだろう」

「融けてひとつになってしまえば気にならない」

「さっき俺に向かって『チューして』を目の当たりにしてショックを受、やめ、無言で引っこ抜こうとしない」

 ここで二度目のノックが扉から聞こえた。さっきよりも乱暴な音だ。扉がきしむ。

「取り込み中です」

 ガラテアの返事に、ノックは意外にも大人しく止んだ。

 静かに繰り広げられた攻防後、再び話し合いは再開された。

「離れるくらいなら、松本になりたい」

「だから分離されそうになった時だけ、本来の姿でソロを守ったんだね」

 視線の高くなったソロの体が、傾いたガラテアを見つめたまま大きく頷いた。

「だが、ソロから養分を略奪され続けて、飢死寸前だ。同化どころじゃなかったろう」
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