p63

文字数 1,000文字

ファンドの稽古のおかげで、ケンカを売られても相手と自分が怪我をする頻度(ひんど)が減ったのは感謝しているが、だからといって、いつでも取組(とりくみ)ができると思われては困る。

 鉄筋コンクリートのような固さを誇るファンドの肉体なら思い切りぶつかることができるのだが、そろそろ何のてらいも無くがぶり寄るのは卒業したい。

 いつまでも子供だと(あなど)られるのは嫌だ。

 そもそもこの姉弟、いくら純粋な人間だからって、そろいもそろって屈強過ぎる。
 中毒性の高い鼻歌で、四六時中(しろくじちゅう)、縦ノリに追い込んでくるし。

「あ、ねえ、ねーちゃん」

 ソロはこっそりファンドに耳打ちした。

「はいはい、なんでしょう? 」

 ソロがナイショ話しやすいように、ファンドも(かが)む。

「キャピタルってバンクからリトル・マッスルて呼ばれてるよね。でも、ねーちゃんは呼ばないよね? 」

「外で呼ぶと恥ずかしがるからね。夜青龍(よるしょうりゅう)がいる時も恥ずかしいかな、て思って」

 さすがファンドである。ちゃんと共感力を持っているし、弟とコミュニケーションも取れている。

「ナイショね、夜青龍(よるしょうりゅう)

「うん」

 自分なんかが下手に励ますよりも、カワイイねーちゃんから優しい言葉をかけてもらった方がキャピタルも自尊心の回復も早いだろうに、とソロは思った。

 弁当も作ってもらえるし、大人だし、頼りになるし、会話ができる家族と一緒に暮らすキャピタルが、やっぱり羨ましい。

夜青龍(よるしょうりゅう)は雰囲気が変わったね」

「そうかな」

 四股名(しこな)もファンドから呼ばれる分には悪い気はしない。むしろ良い。気に入っている。

「なんだか・・・・・・」

 (かが)んだまま、ファンドはソロと視線の高さを揃えた。

 優しい眼差しを真正面から受けて、ソロは思わず顔を伏せた。
 ファンドは背が高い女性ではないが、ソロよりは身長が高いのである。

「もっと顔を良く見せて」


 どうしたものか。


 こんな何でもないことで顔を赤くしていることが知れたら、ちょっと良いなと思っていることがバレてしまうかもしれない。

「あっ、ネイル剥がれてるよ。塗り直してあげよっか? 」

 そうしてもらいたいのは山々だが、そういうことは邪魔者がいない時にお願いしたい。

「ごめん! 」

 ソロは猫だましでファンドの視線から逃れると外へ出た。

「何よ! 取り組む気満々じゃないの! 卑怯よ! 」

「だから、ごめんてば」

 内側からファンドが玄関を開けようと頑張っている音が聞こえたが、ソロも扉が開かないように踏ん張った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み