p59 柴田ファンドに甘えたい

文字数 1,058文字

 柴田家は学校から徒歩5分ほどのところにある団地の一室だ。

 インターフォンを鳴らすと、キャピタルの姉がすぐにドアを開けてくれた。

「さっき食べたでしょ」

 長い黒髪に人懐こそうな瞳をした優しい面差しの女性だ。

 バンクはもちろん、キャピタルにも全く似ておらず、三人の共通点といえば哺乳類ということくらいしかない。

 薄桃色の空気を常に纏っているような、小柄で筋肉質なお姉さん。

 名をファンドという。

 ソロは彼女がいるとちょっと甘えたくなってしまい、顔を見るとつい目を逸らしてしまうのだった。

「あれっ、夜青龍(よるしょうりゅう)どうしたの」

「お邪魔します・・・・・・」

 しかし、なぜかソロは四股名(しこな)を勝手に付けられている。

 今こそガラテア式自己紹介を披露するときなのではないかとソロはチャンスを伺ったが、キャピタルにリビングに放り投げられてしまい、受け身に失敗してしこたま背中を打って悶絶(もんぜつ)した。

夜青龍(よるしょうりゅう)は今朝、子実体(しじつたい)のじいちゃんとお袋が消えちゃったんだ」

 柴田家に入ると、キャピタルも姉にならってソロを四股名(しこな)で呼ぶ。

 別に力士でもなんでもないのに。

「オレを四股名(しこな)で呼ぶんじゃねー」

「そうだよね、じゃあ『はっけよい』に変えようか」

「ねーちゃん! 何でも相撲の話に持って行こうとすんのやめろよ! 」

「そんなことないし」 

「もういいから、あっち行って。お腹空いたからなんか作って」

「さっき食べたでしょ」

「もう消化した」

「じゃあ自分で作りなさい」

「作ってくれないなら、あっち行って」

「あっち行ってとは何」

 ファンドは自分をリビングから押し出そうとしたキャピタルの腕に、左手をサッと差して投げを打った。

 すくい投げである。

 初めて目にしたときは何が起こったのか全く分からなかったが、今は目が慣れて、どのような工程を経てキャピタルが地面に投げ出されているのか理解できる。

 上半身が柔軟で、筋肉がしっかりついていないと繰り出せない技である。

 キャピタルも投げられ慣れているのか、きれいに受け身を取った。

「あっちに行くのはあんたよ」

 キャピタルは地面に転がっていたソロを(かつ)ぎ上げると、スゴスゴと自分の部屋へ退散した。

 ダンベルだのベンチプレスだの、変なサプリメントだの、足の小指をぶつけたら痛いものが無造作に転がっている危険極まりない部屋だ。

「悪ぃな。姉ちゃんは九州場所でお気に入りの力士が怪我で途中休場して、普段より相撲熱が悪い方へ拍車が掛かってるんだ」

「同じ空間にいたくねぇよ」

 恐ろしいことだ。

 このままここに居ては相撲の稽古をつけられてしまうかもしれない。
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