p97 大山羊ブルーセル

文字数 961文字

 言っているそばから奥の茂みに尺骨(しゃっこつ)のようなものが転がっているし、枝かと思って踏んずけていたものが『象牙質の小さな何か』だ。

 背筋にイヤな汗が伝う。

「ソロ、今、したいって言わなかったか? 」

「いや、せっかく浮島に来たから、キャピタルが何か『したい』かなー、って・・・・・・」

「おれ? そんな急に言われても、別に何かしようと思って来たわけじゃねぇし」

 キャピタルにはとても言えない。

 白山羊が気に食わない来訪者を食べて死体を放置しているなんて。
 そもそも本当にきれい好きならば、死体は片付けておくと思うのだが。
 いや、それよりもこの島に熊がいるという事実である。
 キャピタルなら善戦しそうだが・・・・・・。

「でも、そうだよな、せっかく来たんだから何かやりたいよな。探検しようぜ」

「探検はやめとこうぜ」

「なんで聞いたし」

「うるせー、オレから絶対離れんなよ」

 熊に遭遇はまずい。

 それに山羊の機嫌を損ねたら食べられてしまう。たぬキノコならば大丈夫であろうが、万が一ということもある。

 糸杉の森に足を踏み入れると、背中に白山羊と同じキノコを生やした子ヤギが一匹出迎えにやってきた。

 あまりの愛らしさに、不覚にもときめいてしまった。

 子ヤギと白山羊はきのこ同士の深い会話を交わすと、困ったようにソロの方を見た。

「なんだ、どうした」

「お坊ちゃんたちのタヌキ、使命を持ったきのこだったのか。困ったな」

「えッ、う、うちのたぬキノコが、何か無礼なことを」

 まずい、もう食われたのか?

「タヌキは礼儀正しいよ。真面目で礼儀正しいということが、己の身を守ることに直結していることも理解している。あそこまで育つのに苦労したんだろう。ま、とにかく行こうじゃないか」

 イヤフォンから流れる曲が『スタン・ハンセン~サンライズ~オーケストラ版』に切り替わった。

 森の中に東屋のような建物の一群がある。

 その入り口に、異様にデカい一匹の大山羊が立っていた。

 立派な体格とねじれた角が白山羊の比ではない。ねじれた角を入れるとキャピタルの背丈よりも大きい。

「ブルーセル、どうした」

 白山羊にブルーセルと呼ばれた大山羊は何も言わず、中へ入れと促した。

 ソロも恐る恐る白山羊に続く。ブルーセルはソロを一瞥(いちべつ)すると、顎を引いた。
 こちらへタックルしてきそうな気配を感じる。
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