p1 細胞核を交換して、二核菌糸になりたい

文字数 1,032文字

 体からきのこが生えてくる夢は、生えてきた部分が自身のコンプレックスを表しているらしい。他にも人間関係のトラブルや、ケガや病気を暗示しているそうだ。
 ネガティブな異変が起こる前触れかと不安に思うかもしれないが、心配しなくて良い。
 一度体からきのこが生えてきてしまえば、それは、きのこから人間が生えているということだから。
 本体から人間が生えているだけ。
 きのこが見た夢は人間の夢占いに影響されない。
 考えればすぐにわかるのに、こんな夢を怖がるなんて・・・・・。
 怖い夢を見ては夢占いの本をめくって一喜一憂していた頃を夢うつつに思い出して、ソロは寝床から這い出た。
 外から聞こえるクロスボウの連射音で目覚めたソロは、夢うつつに行方不明の林田のことを思い出した。

 目の前に迫るノウゼンカズラの白い花を押しのけて、目覚めの伸びをする。

 外から悲鳴が聞こえるが、どうせ近所で捕食者が出たのだろう。
 
 オーディオのスイッチに手を伸ばすと、ネイルの先端が剥げているのが見えた。

「黒のポリッシュ、まだあったかな・・・・・・」

 ネイルを見るたび、行方不明になってしまった林田を思い出す。ソロのネイルはいつも林田が塗ってくれた。今は自分で塗っているせいで、すぐに先端が剥げる。


 気を取り直してユーリ・シモノフ指揮の『レズギンカ』を流す。
 
 林田は捕食者か天敵に襲われたのか、新種の危険生物に遭遇してしまったのか、犯罪組織に(さら)われてしまったのか・・・・・・。
 

 向こうはどうだか知らないが、ソロは林田が好きだった。
 もっと仲良くなりたかったのに、友達のままいなくなってしまった。

「林田に会いたいな」

 再会できたら、ぜひ細胞核を交換して二核菌糸になりたい。

 
 先祖代々が残した由緒正しいゴミの海と、庭から家の中まで浸食しているノウゼンカズラの蔓をかき分けて、ソロは登校の支度を始めた。

 きのこから体が生えているとはいえ、まだ左手の甲にブナシメジがひと房揺れている程度。

 勝手にブナシメジだと思っているが品種は不明だ。

 この、申し訳程度に生えているブナシメジ(仮)たちは大切に育てている最中だが、さっそく収穫する。

 用も無いのに摘み取ると、左手の甲にぽっかり穴が開いて、気持ち悪くてゾクゾクした。

 無意味に摘み取られたきのこの恨みが、背筋を走る感覚も最高。

 収穫後の左手の甲を指でなぞると、底のカーブは皮膚と陶器の間のような感触で、更に引っこ抜いてみたくなる。

「やめとこ。捕食者が来るし」
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