第五十二話 皇后への謝罪
文字数 1,350文字
香涼殿につき、出迎えてくれた侍女に皇后への目通りを頼む。侍女が皇后にお伺いを立てに行っている間、気が気ではなかった。先ほどは乳兄弟の為にと思ってこちらに来たが、そもそもその乳兄弟でさえ会ってもらえないのだ。諸悪の元凶である自分に、果たして皇后は会ってくれるのか。このまま門前払いになる可能性だってある。もし仮に会えたとしても、どうやって皇后の怒りを鎮めるか。頭の中で考えるがいい案は出てこない。
(そもそも無茶したのは翠なんだけどな……)
本来、光陽は翠を助けたのであって責められる筋合いはない。だが、従妹を溺愛している皇后にそんな理屈は通用しない。その一言を告げた時点で、もう光陽は香涼殿に足を踏み入れることは出来なくなるだろう。それでは元も子もない。とにかく、平身低頭で謝り続けるより他にはないのだろう。
そんなことを考えていると、すぐに侍女が戻ってきた。皇后から目通りを許され、香涼殿の中に通される。侍女に案内され皇后の居室の前に辿り着くと、御簾の前に座り拝礼をしながら声をかけた。
「近衛左中将です。お目通りをお許しいただき、ありがとうございます」
「中へ」
いつもよりも温度の低い声で下された命令に、思わず苦笑いを浮かべる。本来であれば帝の寵姫の部屋だ。帝が供にいるならともかく、一人の時に踏み入れる場所ではない。だが、ここで皇后に逆らうことは今の光陽には許されていない。仕方なく、御簾を持ち上げ中に入った。
部屋の中心には皇后、そしてその傍らには侍女が二人控えていた。皇后は口元を扇で隠しながらも冷たい視線を光陽に注ぐ。今すぐここから立ち去りたい気持ちを抑えながら、皇后の正面に腰を下ろした。
「帝から、翠が目覚めていないと伺いました。この度の件、自分の力不足が招いた結果です。申し訳ありませんでした」
開口一番に謝罪を述べ、頭を下げる。暫くの間、二人の間に沈黙が流れる。予想外の展開に、頭を下げたまま冷や汗をかく。もっと怒鳴り散らされると予想していた為、今皇后が何を考えているのかが分からない。分からないことは恐怖でしかなく、顔をあげることも出来ない。早く何か言って欲しい。そう心の中で祈っていると、大きな溜息が静寂を切り裂く。
「左中将、貴方は本当に何も分かっていない……」
「えっ……」
驚き顔を上げれば、目を細くしてこちらを睨む皇后と目が合う。次いで、皇后は光陽への詰問を始めた。
「どうして翠があれだけ簪に執着したのか、貴方は分かっているの?」
「俺から貰った物だから渡せないと本人は言っていました」
「その意味は?」
食い気味に問われ、答えに窮する。それは、光陽がずっと目を逸らし続けていたことだ。翠の気持ちには気付いていた。けれど、幼馴染という立場を盾に気付かない振りを続けていた。
気付きたくない――
そんな思いが、光陽の胸の中で燻る。言葉に出してしまえばその気持ちと向き合わざるを得ない。その覚悟は光陽にはなく、口に重い錠前 がかかった。それを、皇后が見逃してくれるわけはない。勢いよく立ち上がると、音を立て乱暴に閉じた扇を光陽の鼻先に突きつけた。
(そもそも無茶したのは翠なんだけどな……)
本来、光陽は翠を助けたのであって責められる筋合いはない。だが、従妹を溺愛している皇后にそんな理屈は通用しない。その一言を告げた時点で、もう光陽は香涼殿に足を踏み入れることは出来なくなるだろう。それでは元も子もない。とにかく、平身低頭で謝り続けるより他にはないのだろう。
そんなことを考えていると、すぐに侍女が戻ってきた。皇后から目通りを許され、香涼殿の中に通される。侍女に案内され皇后の居室の前に辿り着くと、御簾の前に座り拝礼をしながら声をかけた。
「近衛左中将です。お目通りをお許しいただき、ありがとうございます」
「中へ」
いつもよりも温度の低い声で下された命令に、思わず苦笑いを浮かべる。本来であれば帝の寵姫の部屋だ。帝が供にいるならともかく、一人の時に踏み入れる場所ではない。だが、ここで皇后に逆らうことは今の光陽には許されていない。仕方なく、御簾を持ち上げ中に入った。
部屋の中心には皇后、そしてその傍らには侍女が二人控えていた。皇后は口元を扇で隠しながらも冷たい視線を光陽に注ぐ。今すぐここから立ち去りたい気持ちを抑えながら、皇后の正面に腰を下ろした。
「帝から、翠が目覚めていないと伺いました。この度の件、自分の力不足が招いた結果です。申し訳ありませんでした」
開口一番に謝罪を述べ、頭を下げる。暫くの間、二人の間に沈黙が流れる。予想外の展開に、頭を下げたまま冷や汗をかく。もっと怒鳴り散らされると予想していた為、今皇后が何を考えているのかが分からない。分からないことは恐怖でしかなく、顔をあげることも出来ない。早く何か言って欲しい。そう心の中で祈っていると、大きな溜息が静寂を切り裂く。
「左中将、貴方は本当に何も分かっていない……」
「えっ……」
驚き顔を上げれば、目を細くしてこちらを睨む皇后と目が合う。次いで、皇后は光陽への詰問を始めた。
「どうして翠があれだけ簪に執着したのか、貴方は分かっているの?」
「俺から貰った物だから渡せないと本人は言っていました」
「その意味は?」
食い気味に問われ、答えに窮する。それは、光陽がずっと目を逸らし続けていたことだ。翠の気持ちには気付いていた。けれど、幼馴染という立場を盾に気付かない振りを続けていた。
気付きたくない――
そんな思いが、光陽の胸の中で燻る。言葉に出してしまえばその気持ちと向き合わざるを得ない。その覚悟は光陽にはなく、口に重い