第五十九話 言葉の裏

文字数 1,180文字

「翠? どうかした?」



 怪訝そうな声が布団の上から降ってくる。「何でもない」と告げるが、その返事では光陽は許してくれなかった。



「本当に大丈夫なら顔を見せて」



 強引に布団をはぎ取られ、涙に濡れた顔を見られてしまった。予想もしなかった光景に、光陽は目をパチクリさせる。



「何で……泣いてるんだ?」
「だって……光兄、徹夜したって……」



 そう告げ、そっと光陽の目元に指を這わせる。せっかくの美貌が、濃い隈によって陰ってしまっている。改めてそれを確認すると、嬉しい感情が徐々に暗い感情へと変化していった。



「仕事が忙しかったのなら……早く帰ればよかったのにっ……」



 来てくれたことは嬉しかった。けれど、無茶をして欲しくなかった。今回の事件で、光陽にどれだけ迷惑をかけたのか、分かっているつもりだ。だからこそ、自分の身体のことを優先してほしかった。自分が、どう思われても。けれど、そんな翠の心は見透かされていて……



「ばーか」



 コツンと、指で額を弾かれる。目を丸くし、光陽の顔を見れば麗しい(かんばせ)に意地悪な笑みを貼りつかせていた。



「徹夜は有比良のせいだよ。あいつが余計な仕事いれてくるから。そんなに心配なら今から添い寝してくれる?」



 そう告げ再び寝転がり、早くと催促するかのように傍らをポンポンと叩く。



(寝るって……子どもじゃないんだから……)



 ぐるぐると渦巻く感情に、顔が火照ってくる。赤面して固まっていると、光陽は皿に追い打ちをかけてきた。



「ほら、早く。今更恥ずかしがることじゃないだろ? 小さい時はこうして寝てたんだから」



 プツン、と翠の中で何かが切れた音がした。寝転がっている光陽の腕を強引に引きあげる。



「ふざけないでっ! 寝たいなら早く家に帰ればいいでしょう!」
「ちょっ……翠っ!」



 どこにそんな力があったのか、慌てる光陽を引きずると御簾を乱暴に持ち上げる。そして、そのまま部屋の外へと光陽を引っ張り出した。



「出て行って!」



 その一言だけを告げると、ガシャンと派手な音を立てて御簾を降ろした。その音を聞きつけた侍女達がこちらへ向かってくる足音が聞こえてきたが、そんなこともうどうでも良かった。いつまでも子ども扱いする光陽が悪いのだ。そんな風に思っていると、ふと御簾の外から声がかかる。



「ゆっくり休めよ」



 その一言だけを残して、光陽は去っていった。一人残された翠はその場に崩れ落ちる。



(またわたしは……光兄の気持ちも考えずに……)



 いつも、後から気付く。そして後悔する。こんな自分が嫌いだ。光陽に好かれる資格もない。そんなことを考えながら一人、涙で頬を濡らすのだった。


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登場人物紹介

翠(すい):17歳の鵺。力を一部しか使えず、自分に自信がない為、身分や立場にこだわるようになった。身の丈にあった生活をすることが夢であったが、大好きな従姉に請われ、従姉を支える為に出仕した。現在、皇后付き兼帝付きの侍女をしている。幼少期に助けてもらって以来、光陽に恋心を抱いているが、大人になってからは距離を取るようになった。

光陽(こうよう):22歳の鬼と妖狐のハーフ。仕事には真面目であり、現在近衛左中将の地位にある。帝とは乳兄弟で、帝が心を許せる数少ない相手。天然たらしな為、宮中にいる時は周りに女性がいることが多い。が、本人は恋愛に疎く、友情の恋愛の違いが分かっていない。狐の性質が翠に向かいやすく、翠をからかって遊ぶことが好き。皇后からは嫌われているが、自身も皇后を苦手にしている。

有比良(ありひら):銀鬼国の今上帝。この国で最強の鬼で22歳。光陽とは乳兄弟で光陽を信頼している。クールで寡黙だが皇后を溺愛している。後宮には約100人の妃がいる為、光陽からは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。

香子(かおるこ):鵺で翠の従姉。皇后として有比良を支える。翠のことになると猪突猛進になりがちで、はっきりしない光陽が嫌い。隙あれば光陽を呪い殺そうとする。

水月(みづき):翠の幼なじみの鵺。鵺としての力は弱いが、配達屋としての地位を確立。貴族からの信頼も厚い。翠が好きだが本人にはこれっぽっちも伝わっていない。

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