第二十三話 皇后への要請
文字数 1,171文字
入口で侍女長に取り次ぎを頼み、侍女長の案内で皇后の部屋まで進む。再度の渡りに異変を感じとっていたのか、皇后はすぐに二人を御簾の中に通してくれた。慣れた様子で帝は上座に座り、その横に扇を持った皇后が控える。黙っていれば綺麗な姫だが、その視線は冷たく、光陽を睨みつける。相変わらずの嫌われっぷりに、苦笑いをするしかない。触らぬ神に祟りなし。光陽は御簾付近に座し、皇后から距離を取る。距離が取れたことで満足したのか、香子はようやく光陽から視線を外し、帝を見つめる。その瞳は恋する乙女のそれではなく、聡明な輝きを秘めていた。口を開けば、凛とした声が帝に問う。
「有比良様、私に何か御用なのでしょう? 今朝の事件のことですか?」
「話が早くて助かる。翠を貸してほしい」
帝の頼みに、香子の眉がピクリと跳ね上がったのを光陽は見逃さなかった。珍しく、帝に対して怒りを覚えている。彼女にとって翠は何よりも大切な従妹 だ。危ない目には合わせたくないだろう。光陽に対しても害虫扱いするくらいだ。死が関わる危険な案件に、皇后が関わらせるはずがない。
(断ってくれよ皇后様)
今日だけは、同志だと光陽は勝手に思っていた。翠をこの案件から降ろせるのはもうこの貴人だけだった。祈るように成り行きを見守っていると、その小さく赤い唇から、一つ溜息が漏れた。
「どうしても、翠でないと駄目なのですか。そこにいるクソガ……役立たずの中将だけじゃ駄目なのですか?」
「香子なら、何が最善か分かるだろう?」
「分かっています。あの子が特別で、あの子が今回の事件では最適任者なのは。でも……」
皇后の瞳が潤む。頭では分かっていても、心が言うことを聞かない。その気持ちは光陽にも分かる。それは帝も分かっているようで、そっと皇后の身体を抱き寄せる。背中を撫でてやりながら、耳元では残酷な甘言を囁いていた。
「香子、すまない。でも大勢の命を守るには、今は翠が必要なんだ。分かってくれ」
絶対に意思を曲げることのないその言葉に、皇后までもが屈した。小さく頷くと、目元に光る雫を拭い、部屋の外に控えていた侍女長に翠を呼ぶように声をかける。しかし、侍女長から帰ってきた答えが、事態を更にややこしくさせた。
「申し訳ございません。今朝、市に買い物に出かけてまだ戻ってきておりません」
「えっ? あの子今日は市に行く日じゃなかったわよね?」
「昨晩、調子が優れなかったようでしたので今日は非番にしました。気分転換を兼ねてと市に出したのですが……」
その話に大いに心当たりがあった光陽は、ぎくりとする。だが、その一瞬の変化をこの皇后が見逃すはずはなかった。帝にぶつけられなかった怒りも込めて、光陽を睨みつける。
「有比良様、私に何か御用なのでしょう? 今朝の事件のことですか?」
「話が早くて助かる。翠を貸してほしい」
帝の頼みに、香子の眉がピクリと跳ね上がったのを光陽は見逃さなかった。珍しく、帝に対して怒りを覚えている。彼女にとって翠は何よりも大切な
(断ってくれよ皇后様)
今日だけは、同志だと光陽は勝手に思っていた。翠をこの案件から降ろせるのはもうこの貴人だけだった。祈るように成り行きを見守っていると、その小さく赤い唇から、一つ溜息が漏れた。
「どうしても、翠でないと駄目なのですか。そこにいるクソガ……役立たずの中将だけじゃ駄目なのですか?」
「香子なら、何が最善か分かるだろう?」
「分かっています。あの子が特別で、あの子が今回の事件では最適任者なのは。でも……」
皇后の瞳が潤む。頭では分かっていても、心が言うことを聞かない。その気持ちは光陽にも分かる。それは帝も分かっているようで、そっと皇后の身体を抱き寄せる。背中を撫でてやりながら、耳元では残酷な甘言を囁いていた。
「香子、すまない。でも大勢の命を守るには、今は翠が必要なんだ。分かってくれ」
絶対に意思を曲げることのないその言葉に、皇后までもが屈した。小さく頷くと、目元に光る雫を拭い、部屋の外に控えていた侍女長に翠を呼ぶように声をかける。しかし、侍女長から帰ってきた答えが、事態を更にややこしくさせた。
「申し訳ございません。今朝、市に買い物に出かけてまだ戻ってきておりません」
「えっ? あの子今日は市に行く日じゃなかったわよね?」
「昨晩、調子が優れなかったようでしたので今日は非番にしました。気分転換を兼ねてと市に出したのですが……」
その話に大いに心当たりがあった光陽は、ぎくりとする。だが、その一瞬の変化をこの皇后が見逃すはずはなかった。帝にぶつけられなかった怒りも込めて、光陽を睨みつける。