第六十二話 贈り物

文字数 1,124文字

 せっかく落ち着いてきた涙腺がまた緩むのを感じる。唇を噛みしめながら必死に堪えていると、急に光陽が下から顔を覗き込んできた。突然の出来事に思わず仰け反ると、光陽はいつもの意地悪な笑みを浮かべる。



「ひっどい顔。俺に会えないのがそんなに寂しかった?」



 正確に言えば嫌われたかと思って恐かったのだが、半分はそんな気持ちもあったと思う。けれど、それを認めてしまうのは何だが嫌で、光陽に背を向ける。



「そんなわけない。ちょっと、目にゴミが入って痛かっただけ」



 また意地を張ってしまった。相も変わらず自分には可愛げがないと自己嫌悪に陥っていると、後ろから笑い声が聞こえる。思わず振り返れば、そこにはお腹を抱えて笑っている光陽がいた。自分のことを笑っているのは明確だが、何がそんなにおかしいのか翠には理解が出来ない。思わず眉間に皺を寄せながら、いつもよりも一段と低い音程(トーン)で問いかける。



「……何がそんなにおかしいの?」
「いやっ……本当に翠は素直じゃないなって」
「……どうせ私は素直でもないし可愛げもありませんよ」
「やっぱり寂しかったんだな。それならそうと最初から言えばいいのに」



 反論しようと口を開いたその瞬間、ふわりと大きな腕が翠を抱きしめた。



「こ、光兄っ!」



 反射的に光陽の胸板を腕で押すが、腕により力を入れられ、結局は胸板に顔を埋める形になった。何が何だか分からず翠の頭は焦りと恥ずかしさと、色々な感情でグチャグチャになる。そんな翠の気持ちなど知らない光陽は耳元で囁く。



「ごめん。俺が初動を間違えたから簪、盗られて」
「そ、それは……」
「あんなに昔に渡したのに、今でも大事にしてくれたこと、それは凄く嬉しかった。ありがとう」
「わ、私こそ……勝手なことばかりしてごめんなさい」
「それはいいよ。翠のおかげで事件が早く解決したんだから。けど無理させただろ?身体はもう大丈夫?」
「体調はもう大丈夫」
「そっか。なら良かった。あぁ、そういえば……」



 一度腕を緩め、翠を解放すると光陽は自身の袂から何かが入った包みを取り出した。首を傾げて包みを眺めていると、再び光陽の腕が翠の身体に回された。目をパチクリさせていると、頭の上から光陽の声がかかる。



「そのまま少し動かないで」



 言われるがままじっとしていると、軽く結われた翠の髪に何かが刺さる。光陽の身体が離れると同時にそこを触れば、シャランと金属がぶつかり合う音がした。



「光兄、これってもしかして……」
「今回の事件のお礼。前の簪の代わりにはなれないかもしれないけど、受け取ってもらえる?」


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登場人物紹介

翠(すい):17歳の鵺。力を一部しか使えず、自分に自信がない為、身分や立場にこだわるようになった。身の丈にあった生活をすることが夢であったが、大好きな従姉に請われ、従姉を支える為に出仕した。現在、皇后付き兼帝付きの侍女をしている。幼少期に助けてもらって以来、光陽に恋心を抱いているが、大人になってからは距離を取るようになった。

光陽(こうよう):22歳の鬼と妖狐のハーフ。仕事には真面目であり、現在近衛左中将の地位にある。帝とは乳兄弟で、帝が心を許せる数少ない相手。天然たらしな為、宮中にいる時は周りに女性がいることが多い。が、本人は恋愛に疎く、友情の恋愛の違いが分かっていない。狐の性質が翠に向かいやすく、翠をからかって遊ぶことが好き。皇后からは嫌われているが、自身も皇后を苦手にしている。

有比良(ありひら):銀鬼国の今上帝。この国で最強の鬼で22歳。光陽とは乳兄弟で光陽を信頼している。クールで寡黙だが皇后を溺愛している。後宮には約100人の妃がいる為、光陽からは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。

香子(かおるこ):鵺で翠の従姉。皇后として有比良を支える。翠のことになると猪突猛進になりがちで、はっきりしない光陽が嫌い。隙あれば光陽を呪い殺そうとする。

水月(みづき):翠の幼なじみの鵺。鵺としての力は弱いが、配達屋としての地位を確立。貴族からの信頼も厚い。翠が好きだが本人にはこれっぽっちも伝わっていない。

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