第四十七話 質疑
文字数 1,560文字
「主上、左中将に少し質問してもよろしいでしょうか?」
大臣の一人が一歩前へ出る。先日の朝廷でも発言をした右大臣だった。右大臣はまっすぐと帝を見つめ、その返答を待っていた。何を考えていたのかしばらく沈黙した後、帝はゆっくりと頷く。
「許す」
「ありがとうございます。では、左中将」
獲物を射るような鋭い視線が光陽を捕らえた。その感覚は、既視感があった。どこで感じたのか、記憶を辿る余裕は今の光陽にはなかった。目の前の御仁に対峙するだけで精一杯だった。この人に下手なことを言えば、面倒なことになる。ゴクリと唾を呑みこみながら言葉を待つと、右大臣は痛い所を容赦なく付いてきた。
「装飾品の一部がなくなっているということだが、何故北の国は装飾品を欲したのだ?」
「頭から聞いた話によりますと、ガシャドクロの復活を早め更に力を増大させる為の儀式に使うそうです。しかし、頭も詳しい事情は分からないということでした」
ガシャドクロの復活は、平穏の終了を意味する。それが分からない官は一人もいなかった。ほんの一瞬の静寂の後、すぐに「また戦争が起こるのか!」「この国に戦う余力はないぞ!」と怒号が飛び交う。こうなることは予測がついていた。だからこそ、光陽は情報を伏せて伝えたのに。抗議の視線を帝に向けるが、帝は無表情で見守るだけで事態を収拾する気はこれっぽっちもなさそうだった。本当に、この乳兄弟は何を考えているのか分からない。この紛糾した朝廷をどうするのか、と頭を抱えていた時だった。右大臣の鋭い一声が、雑音を切り裂いていく。
「静まれ。ここで文句を言うだけなら子どもでも出来る。今しないといけないことは今後の対策を考えることではないのか」
水を打ったように辺りが静まり返る。大臣級の官は右大臣の言葉に大きく頷いていたが、野次を飛ばしていた下級官は、皆一様に顔を伏せてしまった。そんな下級官を一瞥した後、右大臣は今度は帝に矛先を向ける。
「主上。主上は儀式のことをご存じでしたか?」
「あぁ。皇后から聞いていた」
「では、儀式がなされた後どうなさるおつもりですか?」
全ての官の視線が、帝に集中する。帝の返答次第で、この国の先行きが決まる。皆が固唾をのんで見守る中、帝は一人だけ場に不釣り合いな笑みを浮かべた。
「どうしたい?」
帝からの問いかけに、右大臣は一度口を噤む。この返答は予測していなかったのだろう。だが、そこはこの国の大臣にまで上り詰めた男。すぐに考えをまとめ上げ、進言する。
「まずは国境の警備を厚くするべきかと。前回は備えが足りず、侵攻を許しましたからな。同じ轍を踏まない為にも、今すぐ配備して早すぎることもないでしょう」
進言を追えると、左大臣も一歩前に出た。そして、右大臣の言葉に続けて自分の考えを述べる。
「それから、国庫の備蓄の確認と補充を。いつ始まるかは分かりませんが、ガシャドクロは必ず攻めてきます。その際、蓄えがなければ国民も皆飢えてしまいます。必要であれば、貴族が隠し持っている蓄えを献上させることも念頭に入れておいた方がいいでしょうな」
どちらの言葉も、先の大戦から得た教訓だった。それ程までに、先の大戦での被害は甚大だった。二人の進言を聞きながら、帝は満足気に頷く。
「余も同じ考えだ。大臣達、手配を任せていいか?」
「御意」
「これから、我が国は臨戦態勢に入る。各々、何か異変を感じたらすぐに報告を。この国を全員で守れ。これで本日の朝廷は終了にする」
それだけを告げ、帝は立ち上がった。それを合図に、一同礼を執る。そのまま帝は御座所へと下がっていき、本日の朝廷は終了した。
大臣の一人が一歩前へ出る。先日の朝廷でも発言をした右大臣だった。右大臣はまっすぐと帝を見つめ、その返答を待っていた。何を考えていたのかしばらく沈黙した後、帝はゆっくりと頷く。
「許す」
「ありがとうございます。では、左中将」
獲物を射るような鋭い視線が光陽を捕らえた。その感覚は、既視感があった。どこで感じたのか、記憶を辿る余裕は今の光陽にはなかった。目の前の御仁に対峙するだけで精一杯だった。この人に下手なことを言えば、面倒なことになる。ゴクリと唾を呑みこみながら言葉を待つと、右大臣は痛い所を容赦なく付いてきた。
「装飾品の一部がなくなっているということだが、何故北の国は装飾品を欲したのだ?」
「頭から聞いた話によりますと、ガシャドクロの復活を早め更に力を増大させる為の儀式に使うそうです。しかし、頭も詳しい事情は分からないということでした」
ガシャドクロの復活は、平穏の終了を意味する。それが分からない官は一人もいなかった。ほんの一瞬の静寂の後、すぐに「また戦争が起こるのか!」「この国に戦う余力はないぞ!」と怒号が飛び交う。こうなることは予測がついていた。だからこそ、光陽は情報を伏せて伝えたのに。抗議の視線を帝に向けるが、帝は無表情で見守るだけで事態を収拾する気はこれっぽっちもなさそうだった。本当に、この乳兄弟は何を考えているのか分からない。この紛糾した朝廷をどうするのか、と頭を抱えていた時だった。右大臣の鋭い一声が、雑音を切り裂いていく。
「静まれ。ここで文句を言うだけなら子どもでも出来る。今しないといけないことは今後の対策を考えることではないのか」
水を打ったように辺りが静まり返る。大臣級の官は右大臣の言葉に大きく頷いていたが、野次を飛ばしていた下級官は、皆一様に顔を伏せてしまった。そんな下級官を一瞥した後、右大臣は今度は帝に矛先を向ける。
「主上。主上は儀式のことをご存じでしたか?」
「あぁ。皇后から聞いていた」
「では、儀式がなされた後どうなさるおつもりですか?」
全ての官の視線が、帝に集中する。帝の返答次第で、この国の先行きが決まる。皆が固唾をのんで見守る中、帝は一人だけ場に不釣り合いな笑みを浮かべた。
「どうしたい?」
帝からの問いかけに、右大臣は一度口を噤む。この返答は予測していなかったのだろう。だが、そこはこの国の大臣にまで上り詰めた男。すぐに考えをまとめ上げ、進言する。
「まずは国境の警備を厚くするべきかと。前回は備えが足りず、侵攻を許しましたからな。同じ轍を踏まない為にも、今すぐ配備して早すぎることもないでしょう」
進言を追えると、左大臣も一歩前に出た。そして、右大臣の言葉に続けて自分の考えを述べる。
「それから、国庫の備蓄の確認と補充を。いつ始まるかは分かりませんが、ガシャドクロは必ず攻めてきます。その際、蓄えがなければ国民も皆飢えてしまいます。必要であれば、貴族が隠し持っている蓄えを献上させることも念頭に入れておいた方がいいでしょうな」
どちらの言葉も、先の大戦から得た教訓だった。それ程までに、先の大戦での被害は甚大だった。二人の進言を聞きながら、帝は満足気に頷く。
「余も同じ考えだ。大臣達、手配を任せていいか?」
「御意」
「これから、我が国は臨戦態勢に入る。各々、何か異変を感じたらすぐに報告を。この国を全員で守れ。これで本日の朝廷は終了にする」
それだけを告げ、帝は立ち上がった。それを合図に、一同礼を執る。そのまま帝は御座所へと下がっていき、本日の朝廷は終了した。