第十話 事件の謎
文字数 1,274文字
そして、未明のこと――
「あー、有比良悪い。ご寵姫様とゆっくりさせてやれそうにない」
一人椅子にもたれ、天を仰ぎながら光陽は独り言を口にする。昨日の今日で、心配性の乳兄弟の悩みの種を増やしてしまった。久しぶりに寵姫の元へと行けたというのに。申し訳ない気持ちが光陽の中に込み上げてきていた。
商人からの報告を受けた後、光陽はすぐさま少数の部下を率い、商家へとやってきた。現場となった娘の部屋は予想よりも荒らされた形跡はなかったが、今医師の診察を受けている娘の傷の方が問題だった。先ほど少しだけ見せてもらったが、女人の身体には残酷なほど、無数の傷がつけられていた。驚くべきことは、その傷からの出血がなかったこと。
おそらく、カマイタチの仕業だ――
銀鬼国に住まう種族ではない。だが、話には聞いたことがあった。イタチの妖怪で、風を使い相手に無数の傷をつけた後、薬を塗り止血をする力を持つ。今はどの国にも所属せず、その力を使って盗賊まがいのことをしている、と報告書に記されていた。隣国では何百人も被害にあっているらしい。そして今回、山林に居座っているのはおそらくこの種族だ。
「一体何が目的だろう」
盗賊、という割には部屋の中が荒らされていない。娘に見られたことで、あまり手がつけられなかったことも考えられるが、どうも初めから目的の物があったのではないかと光陽は感じていた。ただ、この推測を裏付ける証拠が足りない。今部下達には屋敷の外を調査してもらっているが、果たしてそこで証拠が掴めるだろうか。
「左中将。入ってもよろしいでしょうか?」
乳兄弟のように眉間に皺を寄せて考えこんでいると、扉の外から声を掛けられる。「かまわない」と一言告げれば、この屋敷の主が入ってくる。
「申し訳ありません。我が家のことでお手をかけさせてしまいました」
商人は頭を下げたまま、謝罪の言葉を口にする。娘のことが心配だろうに、私情を表に出さないのはよく出来た人物だと感心した。この男が主だからこそ、侍従達も優秀な者が揃っているのだろうと納得する。そんな商人を羨ましく思いながら、光陽は賛辞のことばを述べる。
「問題ない。それより、よく報告してくれた。早い判断でこちらも助かったよ。これならすぐに手が打てそうだ」
「私共は当然のことをしたまでです。それに、貴方様からのお触れがなければ、ここまで早く動けたか」
「謙遜はいいよ。それより、少し聞きたいことがあるんだけど」
「なんでしょうか? 私などで答えられることであればよいのですが」
「分からなかったら分からなくてもいい。とりあえず、そのまま喋ると首が痛いから座ってくれる?」
わざとらしく肩を叩けば、商人は慌て始める。音が真面目なのだろう。反応が素直で光陽好みだ。
「これは、失礼いたしました。では、お言葉に甘えて」
奥から椅子を持ってくると、光陽の前に置き、腰掛けた。それを合図に、光陽は情報を収集する。
「あー、有比良悪い。ご寵姫様とゆっくりさせてやれそうにない」
一人椅子にもたれ、天を仰ぎながら光陽は独り言を口にする。昨日の今日で、心配性の乳兄弟の悩みの種を増やしてしまった。久しぶりに寵姫の元へと行けたというのに。申し訳ない気持ちが光陽の中に込み上げてきていた。
商人からの報告を受けた後、光陽はすぐさま少数の部下を率い、商家へとやってきた。現場となった娘の部屋は予想よりも荒らされた形跡はなかったが、今医師の診察を受けている娘の傷の方が問題だった。先ほど少しだけ見せてもらったが、女人の身体には残酷なほど、無数の傷がつけられていた。驚くべきことは、その傷からの出血がなかったこと。
おそらく、カマイタチの仕業だ――
銀鬼国に住まう種族ではない。だが、話には聞いたことがあった。イタチの妖怪で、風を使い相手に無数の傷をつけた後、薬を塗り止血をする力を持つ。今はどの国にも所属せず、その力を使って盗賊まがいのことをしている、と報告書に記されていた。隣国では何百人も被害にあっているらしい。そして今回、山林に居座っているのはおそらくこの種族だ。
「一体何が目的だろう」
盗賊、という割には部屋の中が荒らされていない。娘に見られたことで、あまり手がつけられなかったことも考えられるが、どうも初めから目的の物があったのではないかと光陽は感じていた。ただ、この推測を裏付ける証拠が足りない。今部下達には屋敷の外を調査してもらっているが、果たしてそこで証拠が掴めるだろうか。
「左中将。入ってもよろしいでしょうか?」
乳兄弟のように眉間に皺を寄せて考えこんでいると、扉の外から声を掛けられる。「かまわない」と一言告げれば、この屋敷の主が入ってくる。
「申し訳ありません。我が家のことでお手をかけさせてしまいました」
商人は頭を下げたまま、謝罪の言葉を口にする。娘のことが心配だろうに、私情を表に出さないのはよく出来た人物だと感心した。この男が主だからこそ、侍従達も優秀な者が揃っているのだろうと納得する。そんな商人を羨ましく思いながら、光陽は賛辞のことばを述べる。
「問題ない。それより、よく報告してくれた。早い判断でこちらも助かったよ。これならすぐに手が打てそうだ」
「私共は当然のことをしたまでです。それに、貴方様からのお触れがなければ、ここまで早く動けたか」
「謙遜はいいよ。それより、少し聞きたいことがあるんだけど」
「なんでしょうか? 私などで答えられることであればよいのですが」
「分からなかったら分からなくてもいい。とりあえず、そのまま喋ると首が痛いから座ってくれる?」
わざとらしく肩を叩けば、商人は慌て始める。音が真面目なのだろう。反応が素直で光陽好みだ。
「これは、失礼いたしました。では、お言葉に甘えて」
奥から椅子を持ってくると、光陽の前に置き、腰掛けた。それを合図に、光陽は情報を収集する。