第二十八話 玄武門

文字数 921文字

 その頃、カマイタチを追いかけていた翠は、都の北側、玄武門の前までやってきていた。匂いの糸は街道を抜け、玄武門の先、都の外へと続いている。けれど、事件の影響で検問が行われており、簡単には門の外には出られそうになかった。空を飛んでいくという手もあるが、壁の上には罠が仕掛けられていると聞いたことがある。



(どうする……)



 早くしなければ細い糸は断ち切れてしまう。こんな所で時間を無駄にするわけにはいかない。そんなことを考えながら辺りを見回すと、門から少し離れた壁面から一匹のネズミが顔を出した。ねずみは前足に力を入れると、穴から身体を出し、街中へと消えていく。ネズミが完全にいなくなったことを確認した後、ネズミが出てきた場所へと向かう。そこには、小動物がようやく通れる程度の穴が開いていた。変化してここを通るしか、抜け出す方法はないだろう。ここまで力を消耗している状態での変化はあまり経験がない。最悪、しばらく人型に戻れないかもしれない。それでも、簪を取り返す為にはやるしかない。周囲を見回し、誰も見ていないことを確認した後、意識を集中して身体の周囲に風を纏う。風の壁が消えると、小さなトラツグミが姿を現す。



(――行こう)



 おぼつかない足取りで穴の中に潜り込む。一族の中では変化の姿も小さい方ではあるが、それでもギリギリ通れる大きさだった。先ほどのネズミも通るのはかなりきつかったのではないか。そんなことを考えながら、身を屈めながら小さな横穴(トンネル)を通り抜けていった。小さな光が次第に大きくなり、やがて、周囲が明るくなり緑色の木々が現れる。その瞬間、先ほどまで微かにしか香らなかった匂いが一気に濃くなった。



(近くにいる……)



 門番達に見つからないように慎重に森の中に入る。そして門が見えなくなった瞬間、その羽を広げて大空へと飛び立った。風が身体を浮かせてくれるのを感じながら、翼を羽ばたかせる。前へ進むにつれ、毒の匂いは強くなる。おそらく、カマイタチの巣が近いのだろう。そして、そこに翠の目的の物もあるはずだ。自分の中の鵺に性に突き動かされながら、翠は一心不乱に匂いの元を辿っていった。


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登場人物紹介

翠(すい):17歳の鵺。力を一部しか使えず、自分に自信がない為、身分や立場にこだわるようになった。身の丈にあった生活をすることが夢であったが、大好きな従姉に請われ、従姉を支える為に出仕した。現在、皇后付き兼帝付きの侍女をしている。幼少期に助けてもらって以来、光陽に恋心を抱いているが、大人になってからは距離を取るようになった。

光陽(こうよう):22歳の鬼と妖狐のハーフ。仕事には真面目であり、現在近衛左中将の地位にある。帝とは乳兄弟で、帝が心を許せる数少ない相手。天然たらしな為、宮中にいる時は周りに女性がいることが多い。が、本人は恋愛に疎く、友情の恋愛の違いが分かっていない。狐の性質が翠に向かいやすく、翠をからかって遊ぶことが好き。皇后からは嫌われているが、自身も皇后を苦手にしている。

有比良(ありひら):銀鬼国の今上帝。この国で最強の鬼で22歳。光陽とは乳兄弟で光陽を信頼している。クールで寡黙だが皇后を溺愛している。後宮には約100人の妃がいる為、光陽からは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。

香子(かおるこ):鵺で翠の従姉。皇后として有比良を支える。翠のことになると猪突猛進になりがちで、はっきりしない光陽が嫌い。隙あれば光陽を呪い殺そうとする。

水月(みづき):翠の幼なじみの鵺。鵺としての力は弱いが、配達屋としての地位を確立。貴族からの信頼も厚い。翠が好きだが本人にはこれっぽっちも伝わっていない。

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