第二十六話 帝と皇后

文字数 1,031文字

 香涼殿に残された帝は、安堵からポロポロと大粒の涙を流す寵姫を抱きしめていた。翠の事になると、本当に感情が豊かで、いつもの倍可愛くなる。くるくると表情が変わる寵姫を愛でながら、先ほどの翠の言伝を思い返す。



「香子、翠の言っていた儀式とは何だ?」



 ふと、そんな疑問を呈せば、香子は涙を拭って予測を口にする。



「昔、峰隆師匠から聞いたことがあります。妖怪が持つ装飾品には、稀に装飾品にも力が宿ることがあると。装飾品を使った儀式には色々あるのですが……白牙国が狙っているのは、ガシャドクロを目覚めさせる儀式かもしれません。一度眠りに入った妖怪を目覚めさせるには、たくさんの力が必要だと言われています」



 おそらく、力の宿った装飾品を捜しているのだろう。そして、翠がこちらに戻らずにカマイタチを追いかけたということは、彼女の持つ簪が盗られたに違いない。



「もしかしたら、翠の簪はかなりの力を持っているかもしれません。あの簪は、光陽様から頂き、翠がずっと大切にしてきた物ですから。そもそも、翠は特別な鵺です。私でもどれだけの力を秘めているのかが分からないほど。それが、白牙国に渡ることになると我が国にとっては痛手ですね。翠が追いかけたのは正しい判断だと思います。最も、あの子は己の性に逆らえなかっただけでしょうが……」



 すらすらと、少ない情報から推測できることを告げた。時には帝も舌を巻く程の知識を香子は持っている。その美だけではなく、知識をもって帝を支えてくれる、一番の理解者。だからこそ、本当は政治には巻き込みたくなかった。真綿でくるむように、大切にしたかった。けれど、どうしてもその知識を頼りにしてしまう。帝はもう、香子を放せそうになかった。ゆっくり、優しく、その身体を押し倒す。



「有比良様っ!」



 目の前には頬を林檎色に染めながら、金魚のように口をパクパクさせている。何度も身体を重ねているというのに、まだ慣れないらしい。とても愛い姫だ。帝は唇の端を意地悪く吊り上げると、香子の頬にそっと手を添える。



「政治の話はもう終いだ。ここからは、大人の話をしよう」
「ま、まだこんなに明るいのに……」
「今日は朝寝を邪魔されたからな。その続きだ」



 部屋には二人きり――



 誰も二人を邪魔する者はいない――



 帝はゆっくりと、香子に顔を近づける。そして、その柔らかい唇を塞いだのだった。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

翠(すい):17歳の鵺。力を一部しか使えず、自分に自信がない為、身分や立場にこだわるようになった。身の丈にあった生活をすることが夢であったが、大好きな従姉に請われ、従姉を支える為に出仕した。現在、皇后付き兼帝付きの侍女をしている。幼少期に助けてもらって以来、光陽に恋心を抱いているが、大人になってからは距離を取るようになった。

光陽(こうよう):22歳の鬼と妖狐のハーフ。仕事には真面目であり、現在近衛左中将の地位にある。帝とは乳兄弟で、帝が心を許せる数少ない相手。天然たらしな為、宮中にいる時は周りに女性がいることが多い。が、本人は恋愛に疎く、友情の恋愛の違いが分かっていない。狐の性質が翠に向かいやすく、翠をからかって遊ぶことが好き。皇后からは嫌われているが、自身も皇后を苦手にしている。

有比良(ありひら):銀鬼国の今上帝。この国で最強の鬼で22歳。光陽とは乳兄弟で光陽を信頼している。クールで寡黙だが皇后を溺愛している。後宮には約100人の妃がいる為、光陽からは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。

香子(かおるこ):鵺で翠の従姉。皇后として有比良を支える。翠のことになると猪突猛進になりがちで、はっきりしない光陽が嫌い。隙あれば光陽を呪い殺そうとする。

水月(みづき):翠の幼なじみの鵺。鵺としての力は弱いが、配達屋としての地位を確立。貴族からの信頼も厚い。翠が好きだが本人にはこれっぽっちも伝わっていない。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み