第三十八話 爆音

文字数 1,408文字

 カマイタチの巣の中――



 頭は細い回廊を歩いていた。本来ならここは自分達の居場所ではない。他の獣の匂いがする巣穴に不快感を抱きながらもここにいるのは、全ては金の為。
先の大戦が終わった後、白牙の季節は止まった。王の眠りと共に春が来なくなり、一年中冬の国へと変化した。作物は育たず国中が飢饉に見舞われた。貴族達はなんとか生活が出来ているが、平民は職もなく、その日食べる物もなく、女子供の命の火が奪われる。それが白牙の日常だった。元は農家だった頭も、その日生きる為に盗賊となり、やってくる貴族の荷馬車を襲い生き延びてきた。だがそれでも、生活はギリギリの状態だった。冬が長くなればなるほど、仲間の中にも命を落とす者が現れていた。そんな時にやってきたのが、あの老人だった。老人は、一生遊んで暮らせるだけのお金をチラつかせた。その代わりに、やってほしいことがあると。



お金さえあれば食べ物が買える――



 食べ物があれば、命を繋げられる――



 危ない橋を渡ることになることは頭にも分かっていた。失敗すれば死が待っていることも。けれど、生きる為には手段を選ぶことは出来なかった。すぐその話に食いつき、異国の地でこうやって悪行に手を染めている。だが、今日の老人の反応を見れば、それもあともう少しで終わるだろう。そうすれば、祖国に帰ることが出来る。今は酷い状態の祖国ではあるが、元々は美しい国でもあり帰る場所だ。在りし日の祖国に思いを馳せながら、次の襲撃場所を頭の中で模索する。どうすれば早くこの仕事を終わらせられるか。それだけを基準に、次の作戦を練っていた。



 そんな時だった――



 ドンッ――
 


 激しい爆発音と部下達の悲鳴が反響する。現場へと走れば、巣穴の一番奥の空間に青白い炎が広がっていった。部下が桶に入れた水をかけるが、消えるどころか勢いを増している。



「狐火かっ! 一体どこから……」



 この巣は回廊で全ての部屋が繋がっている。出入口も一つしかない。不審な者がいればここに来るまでに出会っているはずだが、それらしき姿はなかった。部屋を見回すが、部屋に誰かがとどまっている気配もない。ならば、どうやって火をつけたのか。頭は苛立ちを隠せない声で部下に問い詰める。



「何があった?」
「急に炎が現れて火薬にっ!」
「侵入者の姿を見た奴はいねーのか!」
「誰も……」



 そう話している間にも炎は勢いを増し、一番近くにいた部下を飲み込もうとする。なんとか避けるが、顔を青くした部下は頭に嘆願する。



「頭っ! ここはもう危険ですっ!」
「逃げやしょう!」



 部下達の顔を見回す。この異国の地まで付いてきてくれた仲間達の命と金。その二つを天秤にかけた時、どちらを取るべきかは考えるまでもなかった。



「撤退する。出口に敵がいるかもしれねぇから気をつけろ。外に出たら四方に散って白牙の東門で落ち合うぞ! いいな!」
「へいっ!」
「分かったらさっさと行け。もし途中で金目の物拾えたら忘れずに盗ってけよ!」



 頭の掛け声を合図に、部下達は出口へ向かって走っていく。頭は部屋にある金目の物を探した。先立つ物がなければ、たとえ無事逃げ切れたとしても生きてはいけない。ギリギリまで金目の物を集めた後、頭も部下達を追い回廊へと駆けだした。



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登場人物紹介

翠(すい):17歳の鵺。力を一部しか使えず、自分に自信がない為、身分や立場にこだわるようになった。身の丈にあった生活をすることが夢であったが、大好きな従姉に請われ、従姉を支える為に出仕した。現在、皇后付き兼帝付きの侍女をしている。幼少期に助けてもらって以来、光陽に恋心を抱いているが、大人になってからは距離を取るようになった。

光陽(こうよう):22歳の鬼と妖狐のハーフ。仕事には真面目であり、現在近衛左中将の地位にある。帝とは乳兄弟で、帝が心を許せる数少ない相手。天然たらしな為、宮中にいる時は周りに女性がいることが多い。が、本人は恋愛に疎く、友情の恋愛の違いが分かっていない。狐の性質が翠に向かいやすく、翠をからかって遊ぶことが好き。皇后からは嫌われているが、自身も皇后を苦手にしている。

有比良(ありひら):銀鬼国の今上帝。この国で最強の鬼で22歳。光陽とは乳兄弟で光陽を信頼している。クールで寡黙だが皇后を溺愛している。後宮には約100人の妃がいる為、光陽からは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。

香子(かおるこ):鵺で翠の従姉。皇后として有比良を支える。翠のことになると猪突猛進になりがちで、はっきりしない光陽が嫌い。隙あれば光陽を呪い殺そうとする。

水月(みづき):翠の幼なじみの鵺。鵺としての力は弱いが、配達屋としての地位を確立。貴族からの信頼も厚い。翠が好きだが本人にはこれっぽっちも伝わっていない。

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