第四十五話 後処理
文字数 1,703文字
盗賊を捕まえてから、三日が経過した――
都に戻ってからというもの、光陽は事件の後処理に追われていた。頭の取り調べ、所持していた装飾品の検分、被害家族への連絡、遺品の返却、報告書の作成。幸い盗賊達が素直に取り調べに応じてくれているからまだいいものの、遺品の返却が思ったよりも進んでいない。娘達の装飾品はどれも似通っており、家族ですら本当に娘の物か分からなかったのだ。装飾品を巡って被害家族同士で言い争いが起き、何故かその仲裁まで光陽がしなければならなかった。仕事は泉のように沸いて溢れ、自宅にも帰れない日々が続いた。流石に光陽も寝ずに仕事に取り組む日が続いたせいで目元に隈をこさえてしまい、自慢の美貌にも陰りが見えていた。
「あー、早く帰りたい」
仕事に飽き、そう独り言を零しても、誰も拾ってくれない。ここにいる誰もが光陽に構っていられない程、忙しく動き回っていた。それを見て、諦めて仕事に戻る。そんなやり取りをこの三日間幾度となく繰り返していた。不毛なやり取りだとは分かっているが、口に出さずにはいられなかった。終わりが見えない仕事程辛いものはない。この仕事は嫌いではないが、流石にここまでくると近衛左中将になったことを後悔したくなるものだ。
そんな時だった。修羅場と化している近衛府に来客が訪れたのは。
「光陽、生きてるか?」
今一番聞きたくない声に、思わず顔を突っ伏す。そんな光陽のことなどお構いなしに、帝は執務室の中に入ってきた。無視を決め込んでいると、帝は光陽の頭を指で突く。光陽が反応するまで、何度も、何度も、しつこく突いてきた。ここで反応すれば相手の思うつぼだということは分かっていたが、とても、鬱陶しかった。
「ウザイ。何しに来たんだよ」
顔を上げ、乳兄弟を睨みつけた。しかし、彼の目の下の隈を見るなり、帝は吹き出した。
「ふっ……酷い顔だな」
「うるさい。誰のせいだと思ってるんだよ」
「俺のせいじゃない。白牙のせいだろ?」
飄々と言ってのける帝に、思わず肩を落とす。その刺客の討伐に自分を指名したのは誰だと言いたかったが、今の自分が何を言っても乳兄弟には何も響かないだろう。そもそも、妖狐の光陽ですら口でこの帝に勝てたことはない。ここで突っかかっても無駄な体力を使うだけだろう。言い返すことを諦め、再度帝に問い直した。
「で、供も連れずに何の用だ?」
「報告書を読んだ。明日、朝廷を開く。そこでお前の口から大臣達に説明してくれ」
珍しく饒舌な帝が語ったのは、分かってはいたが、やはり面倒事 の話だった。思わず溜息をつく。
「何で明日なんだよ。この隈見たら分かるだろ? 後処理がまだが終わってないんだよ」
「お前の優秀な部下に任せたらどうだ?」
「馬鹿言うなよ。これ以上仕事させたらあいつらが死ぬ」
そう呟きながら、働き蟻のように動き回る部下に視線を向ける。一緒に事件に当たった部下達は、通常業務を行いながら盗賊の下っ端への取り調べ、そして光陽が普段担っている業務の一部を代行していた。他の部下も、それぞれの仕事がある。これ以上負担をかければそれこそ命に係わる。ただでさえ、光陽の直属になった為に面倒な仕事を回されがちなのだ。そんな鬼畜なことをすれば皆、近衛府を辞めかねない。そうなれば、一番困るのは帝本人だ。そして、この国の帝はそれが分からない愚か者でもない。帝は唇の端に笑みを浮かべると、光陽の背をポンポンと叩く。
「じゃあ、お前が頑張れ。この件が終わったら暫く暇をやる。それまでの辛抱だ」
「約束だからな」
「あぁ。だから明日の朝廷には出席しろ」
「はいはい。分かりましたよ」
そう返答をすれば、帝は満足気に一度頷く。そして光陽に背を向けると、手をひらひら振りながら宿直室を後にした。その後ろ姿を最後まで見送り、机に向き直る。
「はぁ……仕事頑張るか」
あともうひと踏ん張り。そう自分に言い聞かせながら、筆に墨をつけ仕事を再開したのだった。
都に戻ってからというもの、光陽は事件の後処理に追われていた。頭の取り調べ、所持していた装飾品の検分、被害家族への連絡、遺品の返却、報告書の作成。幸い盗賊達が素直に取り調べに応じてくれているからまだいいものの、遺品の返却が思ったよりも進んでいない。娘達の装飾品はどれも似通っており、家族ですら本当に娘の物か分からなかったのだ。装飾品を巡って被害家族同士で言い争いが起き、何故かその仲裁まで光陽がしなければならなかった。仕事は泉のように沸いて溢れ、自宅にも帰れない日々が続いた。流石に光陽も寝ずに仕事に取り組む日が続いたせいで目元に隈をこさえてしまい、自慢の美貌にも陰りが見えていた。
「あー、早く帰りたい」
仕事に飽き、そう独り言を零しても、誰も拾ってくれない。ここにいる誰もが光陽に構っていられない程、忙しく動き回っていた。それを見て、諦めて仕事に戻る。そんなやり取りをこの三日間幾度となく繰り返していた。不毛なやり取りだとは分かっているが、口に出さずにはいられなかった。終わりが見えない仕事程辛いものはない。この仕事は嫌いではないが、流石にここまでくると近衛左中将になったことを後悔したくなるものだ。
そんな時だった。修羅場と化している近衛府に来客が訪れたのは。
「光陽、生きてるか?」
今一番聞きたくない声に、思わず顔を突っ伏す。そんな光陽のことなどお構いなしに、帝は執務室の中に入ってきた。無視を決め込んでいると、帝は光陽の頭を指で突く。光陽が反応するまで、何度も、何度も、しつこく突いてきた。ここで反応すれば相手の思うつぼだということは分かっていたが、とても、鬱陶しかった。
「ウザイ。何しに来たんだよ」
顔を上げ、乳兄弟を睨みつけた。しかし、彼の目の下の隈を見るなり、帝は吹き出した。
「ふっ……酷い顔だな」
「うるさい。誰のせいだと思ってるんだよ」
「俺のせいじゃない。白牙のせいだろ?」
飄々と言ってのける帝に、思わず肩を落とす。その刺客の討伐に自分を指名したのは誰だと言いたかったが、今の自分が何を言っても乳兄弟には何も響かないだろう。そもそも、妖狐の光陽ですら口でこの帝に勝てたことはない。ここで突っかかっても無駄な体力を使うだけだろう。言い返すことを諦め、再度帝に問い直した。
「で、供も連れずに何の用だ?」
「報告書を読んだ。明日、朝廷を開く。そこでお前の口から大臣達に説明してくれ」
珍しく饒舌な帝が語ったのは、分かってはいたが、やはり
「何で明日なんだよ。この隈見たら分かるだろ? 後処理がまだが終わってないんだよ」
「お前の優秀な部下に任せたらどうだ?」
「馬鹿言うなよ。これ以上仕事させたらあいつらが死ぬ」
そう呟きながら、働き蟻のように動き回る部下に視線を向ける。一緒に事件に当たった部下達は、通常業務を行いながら盗賊の下っ端への取り調べ、そして光陽が普段担っている業務の一部を代行していた。他の部下も、それぞれの仕事がある。これ以上負担をかければそれこそ命に係わる。ただでさえ、光陽の直属になった為に面倒な仕事を回されがちなのだ。そんな鬼畜なことをすれば皆、近衛府を辞めかねない。そうなれば、一番困るのは帝本人だ。そして、この国の帝はそれが分からない愚か者でもない。帝は唇の端に笑みを浮かべると、光陽の背をポンポンと叩く。
「じゃあ、お前が頑張れ。この件が終わったら暫く暇をやる。それまでの辛抱だ」
「約束だからな」
「あぁ。だから明日の朝廷には出席しろ」
「はいはい。分かりましたよ」
そう返答をすれば、帝は満足気に一度頷く。そして光陽に背を向けると、手をひらひら振りながら宿直室を後にした。その後ろ姿を最後まで見送り、机に向き直る。
「はぁ……仕事頑張るか」
あともうひと踏ん張り。そう自分に言い聞かせながら、筆に墨をつけ仕事を再開したのだった。