第五十一話 やけ酒
文字数 1,424文字
朝廷が終わった後、光陽は帝の使いに呼び出されすぐに御座所を訪れた。一足先に戻っていた有比良は、着物を着崩し既に酒を口にしていた。朝廷が終わったばかりだというのにもう寛いでいる乳兄弟に思わず溜息をつく。
「お前、何してるわけ?」
「何しているように見える?」
「この国の帝ともあろう人が朝っぱらから酒を呑んで怠けているようにしか見えない」
「分かっているじゃないか」
そう言いながら、帝はお猪口に入った酒を飲み干し光陽に座るよう指示を出す。真正面に腰を降ろせば、すぐさまお猪口を渡された。帝の顔とお猪口を交互に見るが、拒否することは許されそうになかった。再び深いため息をつきながら無造作にお猪口を受け取ると、近くにあった瓢箪から酒を注ぎ、一気に飲み干す。美酒を味わう余裕など、今の光陽にはなかった。完全に自棄になっている光陽を帝は笑い飛ばした。
「そうカリカリするな。無事朝廷は終わっただろ?」
「俺が今苛々しているのはお前にだ。この愚帝」
「本当に不敬な奴だな。牢獄に入れられたいのか?」
「俺がしている仕事全部代わってくれるならそれもいいかもな。それより、呼び出した要件は?」
なかなか話を切り出さない帝に対してこちらから仕掛けると、帝の表情が曇った。脇息を支えに頬杖をつくと、眉間に皺を寄せながら愚痴を零す。
「香子が口を利いてくれない……香涼殿にも入れてくれない」
「皇后が? えっ、嘘だろ? お前何したんだ?」
皇后が輿入れをしてから、帝と皇后が喧嘩したことは一度もない。帝が側室を迎えた時も、自分の所に来ず側室の寝室で夜を明かしても、皇后は怒ることはなかった。むしろ、帝なのだから仕方ないと彼の行動に理解を示していた。先の作戦の時も、最終的には帝の考えを受け入れたのだ。その皇后が帝と口を利かなくなるなど、一体何をしたらそうなるのか。光陽が目を丸くして返答を待っていると、脇息に顔を突っ伏しながら一言ぽつりと呟いた。
「翠がまだ目覚めていない」
「あー……悪い。有比良」
帝から思わず視線を逸らす。おそらく、皇后の怒りの矛先は帝ではなく光陽だ。翠を早く見つけられなかったこと、無茶をさせたことに対してご立腹なのだろう。帝に対しては十中八九、八つ当たりだ。それでも、皇后のことを目に入れても痛くないと思っている程愛しく思っている帝だ。拒絶され、かなり堪えているのだろう。それこそ、酒を呑まずにはやっていられない程……
しばらく、互いに何も言えなかった。帝に至っては顔を突っ伏したまま上げることすらできない。沈黙だけが二人の間に流れていく。居たたまれない空気に、思わず光陽は酒に手を伸ばした。先ほどの帝のことを咎める権利はなかったようだった。一杯、また一杯と酒を煽るが、皇后の怒りの方が気になり、酔いが回ってこない。酔いで紛らわせることを諦め、光陽はお猪口を置く。この空気を打開する方法は一つしかなかった。
「俺、今から皇后様に謝罪してくる」
「頼む。これ以上無視されるのは辛い」
光陽は立ち上がり、突っ伏したまま起き上がれない帝を背に御座所を後にした。正直、今皇后に会いに行くのは嫌だ。怒鳴り散らされるのが目に見えている。けれど、あんなに弱った乳兄弟を放っていくわけにもいかない。引き返したくなる気持ちを必死に抑えながら、重い足取りで香涼殿へと向かった。
「お前、何してるわけ?」
「何しているように見える?」
「この国の帝ともあろう人が朝っぱらから酒を呑んで怠けているようにしか見えない」
「分かっているじゃないか」
そう言いながら、帝はお猪口に入った酒を飲み干し光陽に座るよう指示を出す。真正面に腰を降ろせば、すぐさまお猪口を渡された。帝の顔とお猪口を交互に見るが、拒否することは許されそうになかった。再び深いため息をつきながら無造作にお猪口を受け取ると、近くにあった瓢箪から酒を注ぎ、一気に飲み干す。美酒を味わう余裕など、今の光陽にはなかった。完全に自棄になっている光陽を帝は笑い飛ばした。
「そうカリカリするな。無事朝廷は終わっただろ?」
「俺が今苛々しているのはお前にだ。この愚帝」
「本当に不敬な奴だな。牢獄に入れられたいのか?」
「俺がしている仕事全部代わってくれるならそれもいいかもな。それより、呼び出した要件は?」
なかなか話を切り出さない帝に対してこちらから仕掛けると、帝の表情が曇った。脇息を支えに頬杖をつくと、眉間に皺を寄せながら愚痴を零す。
「香子が口を利いてくれない……香涼殿にも入れてくれない」
「皇后が? えっ、嘘だろ? お前何したんだ?」
皇后が輿入れをしてから、帝と皇后が喧嘩したことは一度もない。帝が側室を迎えた時も、自分の所に来ず側室の寝室で夜を明かしても、皇后は怒ることはなかった。むしろ、帝なのだから仕方ないと彼の行動に理解を示していた。先の作戦の時も、最終的には帝の考えを受け入れたのだ。その皇后が帝と口を利かなくなるなど、一体何をしたらそうなるのか。光陽が目を丸くして返答を待っていると、脇息に顔を突っ伏しながら一言ぽつりと呟いた。
「翠がまだ目覚めていない」
「あー……悪い。有比良」
帝から思わず視線を逸らす。おそらく、皇后の怒りの矛先は帝ではなく光陽だ。翠を早く見つけられなかったこと、無茶をさせたことに対してご立腹なのだろう。帝に対しては十中八九、八つ当たりだ。それでも、皇后のことを目に入れても痛くないと思っている程愛しく思っている帝だ。拒絶され、かなり堪えているのだろう。それこそ、酒を呑まずにはやっていられない程……
しばらく、互いに何も言えなかった。帝に至っては顔を突っ伏したまま上げることすらできない。沈黙だけが二人の間に流れていく。居たたまれない空気に、思わず光陽は酒に手を伸ばした。先ほどの帝のことを咎める権利はなかったようだった。一杯、また一杯と酒を煽るが、皇后の怒りの方が気になり、酔いが回ってこない。酔いで紛らわせることを諦め、光陽はお猪口を置く。この空気を打開する方法は一つしかなかった。
「俺、今から皇后様に謝罪してくる」
「頼む。これ以上無視されるのは辛い」
光陽は立ち上がり、突っ伏したまま起き上がれない帝を背に御座所を後にした。正直、今皇后に会いに行くのは嫌だ。怒鳴り散らされるのが目に見えている。けれど、あんなに弱った乳兄弟を放っていくわけにもいかない。引き返したくなる気持ちを必死に抑えながら、重い足取りで香涼殿へと向かった。