最終話 桜の簪
文字数 1,137文字
自分があんなに酷いことを言った後も、光陽はこうして自分のことを思ってくれていた。その事が嬉しくて、胸がじんわりと暖かく感じる。
(やっぱり私、光兄のことが大好きだ……)
何をされても、どんなことを言われても、この優しさを知っているから光陽のことを嫌いになれない。光陽が翠のことを妹としてしか見ていないことも、この思いが報われることがないことも分かっている。それでも、この思いを捨てられない。だからこそ、貰った思い一つ一つを大切にしよう。心の中でそんな決意表明をしながら、翠は満面の笑みを浮かべ光陽に答えた。
「ありがとう! 大切にする!」
翠の笑みに釣られ、光陽も破顔する。そして、翠の頭に刺した簪に触れ、その綺麗な音色を楽しみながら満足そうに言葉を紡ぐ。
「やっぱりこれにして良かった。よく似合っているよ」
「ねぇ光兄、どんな簪なの?」
「桜の簪。こうやって動くと桜の花びらが舞っているみたいに見えるんだ」
そう言いながら、簪にまた触れ音を鳴らす。
「翠には桜が一番似合う」
そんな風に思われているなんて、知らなかった。初めて聞かされた光陽の思いに思わず頬を染めると、揶揄いの材料 を見つけたと言わんばかりに意地悪な笑みを浮かべる。
「翠、顔真っ赤。そんなに嬉しかった?」
「そ、そんなことない」
「本当に翠は昔から意地っ張りだな」
「う、うるさい! 光兄の馬鹿っ!」
まるで子どもの時に戻ったように悪態をつけば、光陽は大きな声で笑う。そんな光陽の態度が癇に障り、また翠が声を荒げる。二人は年甲斐もなくじゃれ合いを続けた。周囲を通る侍女が微笑ましくこちらを眺めていることなど気付かず、二人だけの時間を楽しんだ。やがて日が落ちると、どちらともなく言い合いをやめる。そしてお互いに顔を見合わせ微笑むと、別れの言葉を口にした。
「じゃあ、そろそろ帰る。病み上がりなんだから戻ったらゆっくり休めよ?」
「分かった。光兄も無理しないでね。あと、簪ありがとう」
「それじゃ」
翠に背を向けると、ヒラヒラと手を振りながら去っていった。その後ろ姿を見送ると、そっと頭から簪を抜き取り、胸の前でそっと握りしめる。彼のくれた温かい心に触れ、渦巻いていた黒い感情はいつの間にか消え去っていた。
(やっぱり、光兄には敵わないな)
そんなことを思いながら翠も部屋へと戻っていった。
二人が去った後に、柔らかな風が吹く。風に攫われ宙に舞った花びらは、ヒラヒラと踊りながらやがて地面へと落ちていった。
カマイタチの乱が終わった銀鬼国は、穏やかな春に包まれたのだった。
~終~
(やっぱり私、光兄のことが大好きだ……)
何をされても、どんなことを言われても、この優しさを知っているから光陽のことを嫌いになれない。光陽が翠のことを妹としてしか見ていないことも、この思いが報われることがないことも分かっている。それでも、この思いを捨てられない。だからこそ、貰った思い一つ一つを大切にしよう。心の中でそんな決意表明をしながら、翠は満面の笑みを浮かべ光陽に答えた。
「ありがとう! 大切にする!」
翠の笑みに釣られ、光陽も破顔する。そして、翠の頭に刺した簪に触れ、その綺麗な音色を楽しみながら満足そうに言葉を紡ぐ。
「やっぱりこれにして良かった。よく似合っているよ」
「ねぇ光兄、どんな簪なの?」
「桜の簪。こうやって動くと桜の花びらが舞っているみたいに見えるんだ」
そう言いながら、簪にまた触れ音を鳴らす。
「翠には桜が一番似合う」
そんな風に思われているなんて、知らなかった。初めて聞かされた光陽の思いに思わず頬を染めると、揶揄いの
「翠、顔真っ赤。そんなに嬉しかった?」
「そ、そんなことない」
「本当に翠は昔から意地っ張りだな」
「う、うるさい! 光兄の馬鹿っ!」
まるで子どもの時に戻ったように悪態をつけば、光陽は大きな声で笑う。そんな光陽の態度が癇に障り、また翠が声を荒げる。二人は年甲斐もなくじゃれ合いを続けた。周囲を通る侍女が微笑ましくこちらを眺めていることなど気付かず、二人だけの時間を楽しんだ。やがて日が落ちると、どちらともなく言い合いをやめる。そしてお互いに顔を見合わせ微笑むと、別れの言葉を口にした。
「じゃあ、そろそろ帰る。病み上がりなんだから戻ったらゆっくり休めよ?」
「分かった。光兄も無理しないでね。あと、簪ありがとう」
「それじゃ」
翠に背を向けると、ヒラヒラと手を振りながら去っていった。その後ろ姿を見送ると、そっと頭から簪を抜き取り、胸の前でそっと握りしめる。彼のくれた温かい心に触れ、渦巻いていた黒い感情はいつの間にか消え去っていた。
(やっぱり、光兄には敵わないな)
そんなことを思いながら翠も部屋へと戻っていった。
二人が去った後に、柔らかな風が吹く。風に攫われ宙に舞った花びらは、ヒラヒラと踊りながらやがて地面へと落ちていった。
カマイタチの乱が終わった銀鬼国は、穏やかな春に包まれたのだった。
~終~