第五話 白牙と噂

文字数 1,093文字

 その頃、帝は乳兄弟である光陽と二人、御座所で報告を受けながら酒を酌み交わしていた。



「それで?」
「今の所、白牙は動いていない。ガシャドクロは今冬眠中(おねんね)だそうだ。少しきな臭い噂はあるけど」
「噂?」
「北の息がかかった盗賊が都の外れにいるらしい」



 帝は眉間に皺を寄せながら杯を飲み干す。産まれた時から一緒なのだ。寡黙な主の言わんとせんことは、言葉にせずとも分かる。心配性の乳兄弟を安心させる為、報告を続けた。



「現在、近衛小隊を使って山林を捜索中。山林を通る商人達にも気を付けるように通達してあるし、被害報告はまだ出ていない」
「今は、な」
「そう怒るなよ。善処するから」



 そう宥めてはみるが、帝の苛立ちは収まりそうもない。無理もない。ガシャドクロの国、白牙国とは今まで何度も刃を交え、その度に、民の命を握りつぶされてきた。先代の帝も、ガシャドクロの前にその命を落としたのだ。その北の国からの盗賊となれば、光陽とて穏やかではいられない。だからこそ、検非違使(けいさつ)に依頼せず、近衛(ぐんたい)が噂の段階から動いているのである。



有比良(ありひら)、明日は俺も出る。だからお前は安心して皇后様の所に行ってこいよ」



 皇后、という言葉にようやく眉間の皺が解かれ、口元が緩む。後宮に約百人の妃を囲っている帝だが、こんな反応を見せる相手は彼女1人だろう。獲物を見つけたと言わんばかりに、光陽は意地悪な笑みを貼りつかせる。



「今頃ムッツリスケベの為にめかしこんでると思うぞ?」



 帝は再び眉間に皺を刻み、調子に乗った乳兄弟の頭に拳骨を落とす。



「誰がムッツリだ。歩く公害が」
「帝ともあろう方がそんな下賤なことば使っていいのかよ」
「お前相手だからな」



 ほんのつかの間お互いを見つめあった後、どちらともなく笑いあう。こんなに親しく話せる者も時間も、もう限られてきた。立場という枷を苦々しく思いながら、帝は上着を羽織る。



「朝まで戻らない」
「はいはい。ごゆっくりどうぞ」
「何かあったらすぐ知らせろ」
「分かっているから。ほら、さっさと行け」



 不敬な振る舞いで、光陽は帝を御座所から追い出す。「どちらが部屋の主だ」と呟いた後、少数の共を連れ帝は香涼殿へと向かった。一人残された光陽は、大きく息を吐く。



「盗賊か……めんどくさいことにならなければいいけどな……」




 頭を振り、後ろ向きな考えを消し去る。自分までこんな考えをするなんてどうかしている。残った酒を肩に担ぎ、外に出る。



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登場人物紹介

翠(すい):17歳の鵺。力を一部しか使えず、自分に自信がない為、身分や立場にこだわるようになった。身の丈にあった生活をすることが夢であったが、大好きな従姉に請われ、従姉を支える為に出仕した。現在、皇后付き兼帝付きの侍女をしている。幼少期に助けてもらって以来、光陽に恋心を抱いているが、大人になってからは距離を取るようになった。

光陽(こうよう):22歳の鬼と妖狐のハーフ。仕事には真面目であり、現在近衛左中将の地位にある。帝とは乳兄弟で、帝が心を許せる数少ない相手。天然たらしな為、宮中にいる時は周りに女性がいることが多い。が、本人は恋愛に疎く、友情の恋愛の違いが分かっていない。狐の性質が翠に向かいやすく、翠をからかって遊ぶことが好き。皇后からは嫌われているが、自身も皇后を苦手にしている。

有比良(ありひら):銀鬼国の今上帝。この国で最強の鬼で22歳。光陽とは乳兄弟で光陽を信頼している。クールで寡黙だが皇后を溺愛している。後宮には約100人の妃がいる為、光陽からは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。

香子(かおるこ):鵺で翠の従姉。皇后として有比良を支える。翠のことになると猪突猛進になりがちで、はっきりしない光陽が嫌い。隙あれば光陽を呪い殺そうとする。

水月(みづき):翠の幼なじみの鵺。鵺としての力は弱いが、配達屋としての地位を確立。貴族からの信頼も厚い。翠が好きだが本人にはこれっぽっちも伝わっていない。

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