第十四話 朝市

文字数 955文字

 午前七時。翠は朝市で買い物をする為に市井に降りていた。



 昨夜、あれからすぐに侍女長の部屋に行った。深夜の訪問だったが、まだ起きていたようで、侍女長はすぐに部屋を開けてくれた。泣き腫らした翠の顔を見た侍女長は全てを察してくれ、「明日は休みなさい」と声をかけてくれた。その後も翠が落ち着くまで話を聞いてくれ、落ち着くようにと薬湯を出してくれた。おかげで幾分気持ちが軽くなった。けれど、目元の赤みは一向に引く気配は見せなかった。化粧で多少はごまかせたが、見る人が見れば気付くだろう。そのことも考慮してくれた侍女長が、こうしてお使いを任せてくれたのである。男性関係で泣き腫らしたから休むなど、侍女としてはあるまじき失態だ。それなのに咎めずに話を聞いてくれ、翠を助けようとしてくれる人がいる。ここに来て、侍女として働くようになって周りに恵まれている気がする。そのことに翠は深く感謝していた。



 早朝ではあったが、市は活気に満ち溢れていた。至る所から客引きの声が聞こえてくる。人込みの間をすり抜けながら少し歩くと、目当ての店が見つかった。「すみません」と声をかけながら人込みの間を抜け出て、店の前へと出る。



「いらっしゃい。どれも甘くておいしいよ」



 店には色とりどりの果物が並んでいた。中には、他国から輸入品もある。どれも皇后の好物ばかりだ。



「うーん……どれにしよう」
「どんな果物がお好みだい?」
「甘くて……疲れが吹き飛ぶような物ってありますか?」



 昨夜は一晩、帝とお楽しみだったのだ。従姉の疲れを取ってあげられるような何かがいいだろう。



「あぁ! それなら棗なんてどうだい? 今朝南の国から届いたんだ」
「棗か……棗なら栄養価高いですよね。じゃあ、それ一籠ください」
「あいよ。他には何かいるかい?」
「あとは……桃を一籠」
「あいよ。じゃあ二つ合わせて銅十五枚」



 財布からお金を出し、店主に渡す。店主は慣れた手つきで受け取ると、翠が持ちやすいように大きな籠に商品をいれる。籠を受け取ると、ずっしりとした重みが腕にかかる。まだ他にも買い物がある。これを一人で持って帰るのは大変かもしれない。笑顔で店主にお礼を告げた後、大きな籠を持って店から離れた。



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登場人物紹介

翠(すい):17歳の鵺。力を一部しか使えず、自分に自信がない為、身分や立場にこだわるようになった。身の丈にあった生活をすることが夢であったが、大好きな従姉に請われ、従姉を支える為に出仕した。現在、皇后付き兼帝付きの侍女をしている。幼少期に助けてもらって以来、光陽に恋心を抱いているが、大人になってからは距離を取るようになった。

光陽(こうよう):22歳の鬼と妖狐のハーフ。仕事には真面目であり、現在近衛左中将の地位にある。帝とは乳兄弟で、帝が心を許せる数少ない相手。天然たらしな為、宮中にいる時は周りに女性がいることが多い。が、本人は恋愛に疎く、友情の恋愛の違いが分かっていない。狐の性質が翠に向かいやすく、翠をからかって遊ぶことが好き。皇后からは嫌われているが、自身も皇后を苦手にしている。

有比良(ありひら):銀鬼国の今上帝。この国で最強の鬼で22歳。光陽とは乳兄弟で光陽を信頼している。クールで寡黙だが皇后を溺愛している。後宮には約100人の妃がいる為、光陽からは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。

香子(かおるこ):鵺で翠の従姉。皇后として有比良を支える。翠のことになると猪突猛進になりがちで、はっきりしない光陽が嫌い。隙あれば光陽を呪い殺そうとする。

水月(みづき):翠の幼なじみの鵺。鵺としての力は弱いが、配達屋としての地位を確立。貴族からの信頼も厚い。翠が好きだが本人にはこれっぽっちも伝わっていない。

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