第四十九話 儀式の始まり

文字数 1,446文字

 城門で通行手形を見せ、城の中へと足を踏み入れると独特の重たい空気が押し寄せる。これは王の気だ。今にも目覚めようとしているのだろう。急いで神殿内部へ入ると、気を感じて集まってきたのか、主だった貴族が揃っていた。その光景に、思わず眉を潜め本音が口から滑り落ちる。



「なんじゃい。むさいのがわんさか集まりよって」
「よう、爺さん! ようやくお帰りか」



 無駄に大きな声で近づいてきたのは、青坊主(あおぼうず)伯明(はくめい)だった。その手には当たり前のように酒の入った瓢箪がぶら下がっている。それを見つけるやいなや、老人は盛大に溜息をついた。



「これ。仕事中くらい控えんか」
「いいじゃねぇか! もうすぐ王が目覚めるんだ! 早めの祝杯だよ」
「そう言っておぬしはいつも酒を持ち歩いているだろうが。それより、儀式はどうなっておる?」



 そう尋ねると、今度は伯明が溜息をつく。



「どうもこうもねぇよ。全く、これっぽっちも進んでねぇ。王が起きる方が早そうだと皆で話してたとこだよ。このままだとお目覚め早々王からのお叱りがくるから覚悟しておいた方がいいぜ」
「安心せい。儀式はもうすぐ実施できるじゃろう」



 その言葉に、伯明は目を丸くする。次いで、破顔しながら老人とがっつり肩を組んできた。



「ってことは爺さん! 儀式の装飾品が手に入ったのかよ!」
「馴れ馴れしく触るでない。銀鬼で良い品が手に入ったんじゃよ。今から神官に渡してくるつもりじゃ。直に儀式も始まるじゃろう」
「流石だな爺さん! これで王に叱られずにすむぞ!」



 ガハハと豪快な笑い声を立てる伯明を振り払い、後ろから聞こえてくる声も全て無視しながら、寝殿を進んでいく。最奥に辿り着けば、金をあしらった豪奢な棺と、その前に跪く小さな人影が目に入る。そこにいたのはこの国の神官、飛縁魔(ひのえんま)藍姫(あいひめ)だった。力を激しく消耗しているのか、国を出た時よりも身体の線が細くなっているような気がする。昼夜問わず祈りを捧げているのだろう。昼酒を煽っているどこかの妖怪とは大違いだ。だが、彼女の苦労もこれで少しは報われるだろう。そんなことを考えながら、老人は彼女に声をかける。



「藍姫、今帰ったよ」



 声に反応し、ゆっくりと藍姫が振り返る。疲れから陰りも見られるが、その顔は絶世の美女といっても過言ではない。藍姫は老人の姿を見つけると、その麗しい(かんばせ)をクシャッと緩めた。



「ぬらりひょん様。お帰りなさいませ。旅はどうでございましたか?」
「良き品が手に入った。これで儀式を進めるとよい」



 そう言って老人は懐から取り出した簪を藍姫の手の平に載せた。品を見るや否や、その力の強さに彼女は目を丸くし老人の顔を見上げる。一体どこでこんな物を、と瞳は語っていた。老人はふっと唇の端を緩め説明をする。



「銀鬼国で人型のまま力を使う鵺がいたのじゃ。おそらくそれはその鵺の物じゃろう」
「人型のまま……そんな妖怪がこの世にいるなんて」
「儂も驚いたわい。じゃが、我らにとっては好都合」
「そうでございますね。これで王もお喜びになります。早速、儀式を始めさせていただきます」



 藍姫は頭を垂れると、すぐに振り向き簪を棺の上に載せる。恭しく拝礼をすると、胸元から取り出した紙を広げ、凛とよく通る声で祝詞を唱え始めた。



 それが、儀式開始の合図だった――


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

翠(すい):17歳の鵺。力を一部しか使えず、自分に自信がない為、身分や立場にこだわるようになった。身の丈にあった生活をすることが夢であったが、大好きな従姉に請われ、従姉を支える為に出仕した。現在、皇后付き兼帝付きの侍女をしている。幼少期に助けてもらって以来、光陽に恋心を抱いているが、大人になってからは距離を取るようになった。

光陽(こうよう):22歳の鬼と妖狐のハーフ。仕事には真面目であり、現在近衛左中将の地位にある。帝とは乳兄弟で、帝が心を許せる数少ない相手。天然たらしな為、宮中にいる時は周りに女性がいることが多い。が、本人は恋愛に疎く、友情の恋愛の違いが分かっていない。狐の性質が翠に向かいやすく、翠をからかって遊ぶことが好き。皇后からは嫌われているが、自身も皇后を苦手にしている。

有比良(ありひら):銀鬼国の今上帝。この国で最強の鬼で22歳。光陽とは乳兄弟で光陽を信頼している。クールで寡黙だが皇后を溺愛している。後宮には約100人の妃がいる為、光陽からは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。

香子(かおるこ):鵺で翠の従姉。皇后として有比良を支える。翠のことになると猪突猛進になりがちで、はっきりしない光陽が嫌い。隙あれば光陽を呪い殺そうとする。

水月(みづき):翠の幼なじみの鵺。鵺としての力は弱いが、配達屋としての地位を確立。貴族からの信頼も厚い。翠が好きだが本人にはこれっぽっちも伝わっていない。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み