第二話 皇后
文字数 729文字
何度か角を曲がり、ようやく、本来の主が住まう香涼殿へと辿り着いた。無駄に広い宮殿にはいつも惑わされる。安堵の息をついた後、皇后の部屋の前で膝をつく。
「翠、ただいま戻りました」
「お入りなさい」
一礼し、御簾を傾けて室内に入る。そこには、口元を扇で隠し柔らかな笑みを湛えた三つ年上の従姉の姿。愛らしい顔立ちには似合わない、聡明な瞳が翠を捉える。静かに座っていれば、傾国の美少女といっても過言ではない。静かに座っていれば、だ。けれど、周囲の願いとは相反して、その鍍金 はすぐに剥げてしまう。
「おかえりー! なかなか帰ってこないから心配したのよ! 途中であのお子ちゃま中将に苛められなかった?」
気づけば、翠は皇后の腕の中で頬ずりをされていた。周りの侍女達は、真顔で成り行きを見守っている。当初はもっと反応を示していたのに。けれど、この姫様は翠のことになると何を言ってもこの様で、周りが見えなくなる。更に質が悪いことに、鵺に多い猪突猛進的な気質も相まって、諫めれば諫めるほど激しさを増す。いつしか同僚は、諦めてしまったのだろう。翠としては助けてほしいのだが、同僚の気持ちも分かるからこそ、複雑である。そんな翠の心中を知らずに、過保護な姫は更に重たい愛を翠に向ける。
「もしまたあのお子ちゃま中将に苛められたらすぐに言うのよ! 今度こそ、お従姉ちゃんがあの意気地なしを呪ってあげるからっ! 主上の乳兄弟であってもかまうものですかっ!」
翠に口を開く隙を与えず騒ぎ立てる。そこまで言わなくても、とは思うが、原因に心当たりがあるため、その点については文句が言えない。文句どころか、翠は助けられた立場である。
「翠、ただいま戻りました」
「お入りなさい」
一礼し、御簾を傾けて室内に入る。そこには、口元を扇で隠し柔らかな笑みを湛えた三つ年上の従姉の姿。愛らしい顔立ちには似合わない、聡明な瞳が翠を捉える。静かに座っていれば、傾国の美少女といっても過言ではない。静かに座っていれば、だ。けれど、周囲の願いとは相反して、その
「おかえりー! なかなか帰ってこないから心配したのよ! 途中であのお子ちゃま中将に苛められなかった?」
気づけば、翠は皇后の腕の中で頬ずりをされていた。周りの侍女達は、真顔で成り行きを見守っている。当初はもっと反応を示していたのに。けれど、この姫様は翠のことになると何を言ってもこの様で、周りが見えなくなる。更に質が悪いことに、鵺に多い猪突猛進的な気質も相まって、諫めれば諫めるほど激しさを増す。いつしか同僚は、諦めてしまったのだろう。翠としては助けてほしいのだが、同僚の気持ちも分かるからこそ、複雑である。そんな翠の心中を知らずに、過保護な姫は更に重たい愛を翠に向ける。
「もしまたあのお子ちゃま中将に苛められたらすぐに言うのよ! 今度こそ、お従姉ちゃんがあの意気地なしを呪ってあげるからっ! 主上の乳兄弟であってもかまうものですかっ!」
翠に口を開く隙を与えず騒ぎ立てる。そこまで言わなくても、とは思うが、原因に心当たりがあるため、その点については文句が言えない。文句どころか、翠は助けられた立場である。