第二話 皇后

文字数 729文字

 何度か角を曲がり、ようやく、本来の主が住まう香涼殿へと辿り着いた。無駄に広い宮殿にはいつも惑わされる。安堵の息をついた後、皇后の部屋の前で膝をつく。



「翠、ただいま戻りました」
「お入りなさい」



 一礼し、御簾を傾けて室内に入る。そこには、口元を扇で隠し柔らかな笑みを湛えた三つ年上の従姉の姿。愛らしい顔立ちには似合わない、聡明な瞳が翠を捉える。静かに座っていれば、傾国の美少女といっても過言ではない。静かに座っていれば、だ。けれど、周囲の願いとは相反して、その鍍金(メッキ)はすぐに剥げてしまう。



「おかえりー! なかなか帰ってこないから心配したのよ! 途中であのお子ちゃま中将に苛められなかった?」



 気づけば、翠は皇后の腕の中で頬ずりをされていた。周りの侍女達は、真顔で成り行きを見守っている。当初はもっと反応を示していたのに。けれど、この姫様は翠のことになると何を言ってもこの様で、周りが見えなくなる。更に質が悪いことに、鵺に多い猪突猛進的な気質も相まって、諫めれば諫めるほど激しさを増す。いつしか同僚は、諦めてしまったのだろう。翠としては助けてほしいのだが、同僚の気持ちも分かるからこそ、複雑である。そんな翠の心中を知らずに、過保護な姫は更に重たい愛を翠に向ける。



「もしまたあのお子ちゃま中将に苛められたらすぐに言うのよ! 今度こそ、お従姉ちゃんがあの意気地なしを呪ってあげるからっ! 主上の乳兄弟であってもかまうものですかっ!」



 翠に口を開く隙を与えず騒ぎ立てる。そこまで言わなくても、とは思うが、原因に心当たりがあるため、その点については文句が言えない。文句どころか、翠は助けられた立場である。



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登場人物紹介

翠(すい):17歳の鵺。力を一部しか使えず、自分に自信がない為、身分や立場にこだわるようになった。身の丈にあった生活をすることが夢であったが、大好きな従姉に請われ、従姉を支える為に出仕した。現在、皇后付き兼帝付きの侍女をしている。幼少期に助けてもらって以来、光陽に恋心を抱いているが、大人になってからは距離を取るようになった。

光陽(こうよう):22歳の鬼と妖狐のハーフ。仕事には真面目であり、現在近衛左中将の地位にある。帝とは乳兄弟で、帝が心を許せる数少ない相手。天然たらしな為、宮中にいる時は周りに女性がいることが多い。が、本人は恋愛に疎く、友情の恋愛の違いが分かっていない。狐の性質が翠に向かいやすく、翠をからかって遊ぶことが好き。皇后からは嫌われているが、自身も皇后を苦手にしている。

有比良(ありひら):銀鬼国の今上帝。この国で最強の鬼で22歳。光陽とは乳兄弟で光陽を信頼している。クールで寡黙だが皇后を溺愛している。後宮には約100人の妃がいる為、光陽からは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。

香子(かおるこ):鵺で翠の従姉。皇后として有比良を支える。翠のことになると猪突猛進になりがちで、はっきりしない光陽が嫌い。隙あれば光陽を呪い殺そうとする。

水月(みづき):翠の幼なじみの鵺。鵺としての力は弱いが、配達屋としての地位を確立。貴族からの信頼も厚い。翠が好きだが本人にはこれっぽっちも伝わっていない。

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