第六十話 幼馴染の光

文字数 1,098文字

 それから、三日が経過した――



 目覚めてすぐ、皇后は帝と一緒に部屋に駆け付けてくれた。翠が目覚めているのを見るや否や、皇后は大粒の涙を零して喜んでくれた。同僚の侍女達も甲斐甲斐しく世話を焼いてくれ、自分がどれだけの人たちに心配をかけていたのかを痛感した。でも、誰も翠を責めることはせず、疲れただろうと休みをくれた。その優しさが嬉しくもあり、同時に苦しくもあった。



「はぁ……」



 皇后から与えられた休暇は五日間。そのほとんどを、翠は部屋で過ごしていた。他の侍女達が働いている姿を見るのが嫌だったのだ。自分だけ休んでいていいのか、こんな所で何をしているんだ、と自分を責めたくなるから。最初の頃は本を読んで過ごしていたが、それも尽きた。何もすることがないと悪いことばかりを考えてしまう。何をしようかと思っていると、御簾の外から声がかかる。



「翠、起きてるか?」



 御簾を傾けて顔だけ出せば、空の籠を背負った水月がいた。配達帰りなのだろう。水月は軒先に腰掛けると、のそのそと這い出てきた翠の額を指先でコツンと突く。



「こら。皇后様付きの侍女がはしたないぞ」
「他の人だったらしないよ。それより、どうしたの?」
「皇后様から聞いたんだよ。翠が全然部屋から出てこないって。もう身体は大丈夫か?」
「もう大丈夫。ずっと休んでたから」
「だったら何で部屋から出ないんだ?」
「それは……」



 抱え込んだ暗い気持ちを伝えることを躊躇していると、雰囲気から察したのか、水月は大きな溜息をつく。



「まーた余計なこと考えてただろ? 翠の悪い癖だぞ」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいって。で、何考えてたんだ?」
「外出たら……わたしだけ休んでることに罪悪感感じそうで……」
「翠はカマイタチの件で頑張ったんだ。体力戻さないと皇后様の為にまともに働けないだろ? 今はその為に必要な休みなんだ。だから、そんな風に考えなくていい。それに……」



 水月は立ち上がり振り向くと、翠に向かって手を伸ばしてきた。



「皆、翠が外に出てきてくれた方が安心する。部屋に閉じこもってないで、一緒に散歩に行かないか?」



 そう告げる水月は太陽の光のように温かく、翠を包み込んでくれた。凍り付いた心が、少しずつ、溶けていくのを感じる。翠も自然と笑顔を浮かべながら、水月の手をそっと握り返した。



「ありがとう。散歩、連れて行って?」



 そう告げ、翠はゆっくりと立ち上がり、軒先から庭園へと降りる。水月と顔を見合わせ、互いに笑顔を浮かべながら歩き始めた。



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登場人物紹介

翠(すい):17歳の鵺。力を一部しか使えず、自分に自信がない為、身分や立場にこだわるようになった。身の丈にあった生活をすることが夢であったが、大好きな従姉に請われ、従姉を支える為に出仕した。現在、皇后付き兼帝付きの侍女をしている。幼少期に助けてもらって以来、光陽に恋心を抱いているが、大人になってからは距離を取るようになった。

光陽(こうよう):22歳の鬼と妖狐のハーフ。仕事には真面目であり、現在近衛左中将の地位にある。帝とは乳兄弟で、帝が心を許せる数少ない相手。天然たらしな為、宮中にいる時は周りに女性がいることが多い。が、本人は恋愛に疎く、友情の恋愛の違いが分かっていない。狐の性質が翠に向かいやすく、翠をからかって遊ぶことが好き。皇后からは嫌われているが、自身も皇后を苦手にしている。

有比良(ありひら):銀鬼国の今上帝。この国で最強の鬼で22歳。光陽とは乳兄弟で光陽を信頼している。クールで寡黙だが皇后を溺愛している。後宮には約100人の妃がいる為、光陽からは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。

香子(かおるこ):鵺で翠の従姉。皇后として有比良を支える。翠のことになると猪突猛進になりがちで、はっきりしない光陽が嫌い。隙あれば光陽を呪い殺そうとする。

水月(みづき):翠の幼なじみの鵺。鵺としての力は弱いが、配達屋としての地位を確立。貴族からの信頼も厚い。翠が好きだが本人にはこれっぽっちも伝わっていない。

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