第三十七話 作戦命令
文字数 1,542文字
運ばれた先は森の中。そこには木々を背もたれにしながら休んでいる光陽の部下達がいた。そしてもう一人、翠のよく知っている人物の姿……。
「翠……」
「み、水月……」
無表情の彼の顔を見た瞬間、サーっと血の気が引いていく。直前に出会い忠告までされていたのだ。水月が怒っていないわけがない。約束を守らなかった翠の自業自得ではあるのだが、それでも立て続けに起こられるのは堪える。光陽の腕から解放された後も水月を直視することは出来なかった。そんな翠を、水月は困った笑みを浮かべて見つめる。
「翠、そんなに怯えなくてもいいぞ?」
ポンッと、頭に手を置かれる。思わず顔を上げれば、誰よりも優しい幼馴染の笑顔が目の前にあった。
「皆が心配してたってことは分かってるんだろ?」
「……うん」
「分かってるんならいいよ。それに、光兄にだいぶ絞られたみたいだしな。無事でよかった」
どこまでも、水月は優しい。その優しさに何度救われてきたか。涙腺が崩壊しそうになるのを必死に堪えながら、精一杯の笑顔を浮かべた。
「ありがとう。水月」
「おう!」
「全く……水月は翠に甘すぎだよ。それよりも……」
幼馴染の会話に横やりを入れながら、光陽は真剣な眼差しを翠に向ける。
「カマイタチの根城、見つけたんだろ? どこにあった?」
左中将の顔になった光陽を前にし、自然と背筋が伸びる。翠は目を瞑り、全ての意識を集中させ匂いの糸を探る。毒の独特な甘い香りは、まだ色濃く漂ってきていた。方向音痴の翠だが、これだけ道しるべがはっきり残っていれば案内も出来る。瞼を開けると、匂いがした方向を指差した。
「あっち側。あっちにある大きな杉の木の根元に、動物の巣穴があった。そこにカマイタチはいる」
「冬眠に使われた巣を再利用したわけか」
「光兄、奇襲をしかけるって言ってましたけどどうするんです?」
水月が尋ねると、光陽は腕を組んで暫く瞑目した。そして、答えがまとまると唇の端を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべる。それを合図に、光陽の部下達が彼の周りを取り囲み、跪く。それに釣られ、慌てて翠と水月も膝を地につけた。全員が揃ったことを確認すると、光陽はまず翠に作戦を告げる。
「俺の狐火で奴らを炙りだす。巣穴から出てきたら、翠は逃げられないように壁を作るんだ」
「はい」
次に部下達の方を見る。部下達には容赦なく、難しい命令を告げた。
「お前達は木の上に待機。足に矢を射てなるべく生け捕りにしろ。無駄な殺生はしたくないから」
「御意」
最後に光陽が見たのは水月だった。どこから出してきたのか、縄を水月に渡す。
「水月は合図を出したら動けなくなった奴らをこれで縛って適当に転がして。こういう仕事は得意だろ?」
「俺が運んでるのは人じゃなくて荷物なんすけど……分かりました。なるべく素早く荷造りしますよ」
その返答に、光陽は満足気な笑みを浮かべた。
「撃ち漏らした奴と頭は俺が叩く。安心して自分の役割を果たせ」
圧倒的な存在感 に、身震いがする。普段は女性関係にだらしがなくて、意地悪でも、こういう姿を見るとやはり近衛の中将なのだと実感する。そして、自分とはやっぱり立場が違うと。それでも、焦がれずにはいられない。胸がチクりと痛くなるのを感じながら、翠は彼の言葉の続きを待った。
やや間があった後、光陽はその場にいる全員の顔を見回していく。そして一言、短い命令を下した。
「行くぞ」
「はい」
船頭を切る彼の後ろに、一向は付いていった。カマイタチの巣へと向かって……
「翠……」
「み、水月……」
無表情の彼の顔を見た瞬間、サーっと血の気が引いていく。直前に出会い忠告までされていたのだ。水月が怒っていないわけがない。約束を守らなかった翠の自業自得ではあるのだが、それでも立て続けに起こられるのは堪える。光陽の腕から解放された後も水月を直視することは出来なかった。そんな翠を、水月は困った笑みを浮かべて見つめる。
「翠、そんなに怯えなくてもいいぞ?」
ポンッと、頭に手を置かれる。思わず顔を上げれば、誰よりも優しい幼馴染の笑顔が目の前にあった。
「皆が心配してたってことは分かってるんだろ?」
「……うん」
「分かってるんならいいよ。それに、光兄にだいぶ絞られたみたいだしな。無事でよかった」
どこまでも、水月は優しい。その優しさに何度救われてきたか。涙腺が崩壊しそうになるのを必死に堪えながら、精一杯の笑顔を浮かべた。
「ありがとう。水月」
「おう!」
「全く……水月は翠に甘すぎだよ。それよりも……」
幼馴染の会話に横やりを入れながら、光陽は真剣な眼差しを翠に向ける。
「カマイタチの根城、見つけたんだろ? どこにあった?」
左中将の顔になった光陽を前にし、自然と背筋が伸びる。翠は目を瞑り、全ての意識を集中させ匂いの糸を探る。毒の独特な甘い香りは、まだ色濃く漂ってきていた。方向音痴の翠だが、これだけ道しるべがはっきり残っていれば案内も出来る。瞼を開けると、匂いがした方向を指差した。
「あっち側。あっちにある大きな杉の木の根元に、動物の巣穴があった。そこにカマイタチはいる」
「冬眠に使われた巣を再利用したわけか」
「光兄、奇襲をしかけるって言ってましたけどどうするんです?」
水月が尋ねると、光陽は腕を組んで暫く瞑目した。そして、答えがまとまると唇の端を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべる。それを合図に、光陽の部下達が彼の周りを取り囲み、跪く。それに釣られ、慌てて翠と水月も膝を地につけた。全員が揃ったことを確認すると、光陽はまず翠に作戦を告げる。
「俺の狐火で奴らを炙りだす。巣穴から出てきたら、翠は逃げられないように壁を作るんだ」
「はい」
次に部下達の方を見る。部下達には容赦なく、難しい命令を告げた。
「お前達は木の上に待機。足に矢を射てなるべく生け捕りにしろ。無駄な殺生はしたくないから」
「御意」
最後に光陽が見たのは水月だった。どこから出してきたのか、縄を水月に渡す。
「水月は合図を出したら動けなくなった奴らをこれで縛って適当に転がして。こういう仕事は得意だろ?」
「俺が運んでるのは人じゃなくて荷物なんすけど……分かりました。なるべく素早く荷造りしますよ」
その返答に、光陽は満足気な笑みを浮かべた。
「撃ち漏らした奴と頭は俺が叩く。安心して自分の役割を果たせ」
圧倒的な
やや間があった後、光陽はその場にいる全員の顔を見回していく。そして一言、短い命令を下した。
「行くぞ」
「はい」
船頭を切る彼の後ろに、一向は付いていった。カマイタチの巣へと向かって……