第四十八話 帰国

文字数 1,033文字

 老人が祖国に帰りついたのは、盗賊が捕らえられてから三日が経過した時だった。追手から逃れる為に無茶な行程を進んだ為、国境の門に辿り着いた時には柄にもなくヘトヘトになっていた。



「誰かおるかい?」



 門に向かって呼び掛ければ、年若い門番がひょっこりと顔を見せる。運良く、馴染みの門番だった。門番は慌てて門を開け、老人を迎え入れる。



「お帰りなさいませ。ぬらりひょん様」
「うむ。今戻った。して、王のご様子は?」



 ぬらりひょん、と呼ばれた老人が問いかければ、門番の青年は残念そうに首を横に振る。



「まだお目覚めにはなられておりません」
「そうか。では間に合ったということじゃな」



 状況が理解できず、青年は首を傾げる。そんな青年に対して、老人は上機嫌にホッホッホッと笑い声を漏らした。



「直に分かる。それよりも、車は準備できるか?今すぐにでも都に行きたいのじゃが」
「分かりました。すぐにご用意します!」



 頭を下げ、青年は直ぐ様車を用意しに奥へと下がる。暫く椅子にでも腰かけて待とうかと思ったが、彼が戻ってくるまでにそう時間はかからなかった。



「お待たせしました。一番速い朧車です」



 そう告げる彼の手には、朧車を繋いだ綱が握られていた。瞳から色を失くした朧車の額には、奴隷の印が刻まれている。この国で、物を運ぶ妖怪は皆奴隷だ。それが、この国が誕生した時からの絶対の掟。産まれた種族の違いで身分に違いが出ることを助けることは出来ないが、憐れむことは出来る。老人は朧車の額に手を翳し、言葉を掛ける。



「よろしく頼む。今日中に辿り着けば褒美をたんまりとくれてやるぞ」



 その言葉に朧車はコクリコクリと頷く。見かけによらず、素直な性格らしい。おそらく、青年が管理をしている車なのだろう。これは道中安心できると、老人は目許を緩めながら朧車に乗り込んだ。



 青年の言う通り、その朧車は今まで乗ったどの車よりも速くかった。その上、中にいる老人を気遣ってくれているのか速度の割りに車が揺れることはなく、とても快適な乗り心地だった。おそらく、全速を出せばもっと速いのだろう。これは褒美を弾まねばならない。それだけの働きを朧車はしてくれた。



 そして、一時間後――



 予定の三分の一の時間で白牙の都、白夜に辿り着いた。朧車に褒美の金を沢山持たせると、人混みをすり抜けながら城へと向かった。


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登場人物紹介

翠(すい):17歳の鵺。力を一部しか使えず、自分に自信がない為、身分や立場にこだわるようになった。身の丈にあった生活をすることが夢であったが、大好きな従姉に請われ、従姉を支える為に出仕した。現在、皇后付き兼帝付きの侍女をしている。幼少期に助けてもらって以来、光陽に恋心を抱いているが、大人になってからは距離を取るようになった。

光陽(こうよう):22歳の鬼と妖狐のハーフ。仕事には真面目であり、現在近衛左中将の地位にある。帝とは乳兄弟で、帝が心を許せる数少ない相手。天然たらしな為、宮中にいる時は周りに女性がいることが多い。が、本人は恋愛に疎く、友情の恋愛の違いが分かっていない。狐の性質が翠に向かいやすく、翠をからかって遊ぶことが好き。皇后からは嫌われているが、自身も皇后を苦手にしている。

有比良(ありひら):銀鬼国の今上帝。この国で最強の鬼で22歳。光陽とは乳兄弟で光陽を信頼している。クールで寡黙だが皇后を溺愛している。後宮には約100人の妃がいる為、光陽からは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。

香子(かおるこ):鵺で翠の従姉。皇后として有比良を支える。翠のことになると猪突猛進になりがちで、はっきりしない光陽が嫌い。隙あれば光陽を呪い殺そうとする。

水月(みづき):翠の幼なじみの鵺。鵺としての力は弱いが、配達屋としての地位を確立。貴族からの信頼も厚い。翠が好きだが本人にはこれっぽっちも伝わっていない。

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