第五十八話 夢から目覚めて
文字数 1,342文字
深い深い夢の中――
翠はずっと山の中を裸足で走っていた。激しく打ち付ける雨の中、草木をかき分け、穴を覗き、大切な簪を探す。けれど、簪はどこにもない。
『どうして……』
思わず膝をつくと、先ほどまでは感じなかった疲れが押し寄せてくる。いつから自分がそうしていたのか、もう分からない。けれど、いつのまにか裾は泥に塗れ、足は傷だらけだった。
『もう諦めた方がいいのかな……』
こんなに探しても見つからないのだ。もう、ここにはないのかもしれない。これ以上探しても時間の無駄だ。そう分かっているのに、心は言うことを聞かない。ないものを諦められない自分がいる。
『はぁ……馬鹿みたい……』
そう、自分は馬鹿なのだ。光陽にとってはただの祝いの品でしかなかった物にこんなに執着して、周りを巻きこんで。勝手に大切な証と決め込んで、諦めきれずにいる。どれだけ自分勝手で、迷惑をかけているのか。次々に、自分の欠点ばかりが浮かんでくる。こうなると、もう自分では止められない。近くにあった気にもたれかかると、目元を手で覆う。
どうしたらいいか分からない――
もう、消えてしまいたい――
心の中で、そう叫んだ時だった。目の前には誰もいないのに、ふわりと、誰かに抱きしめられたような感覚が全身を包み込む。誰かの熱が、翠の冷え切った心を温めていく。この感覚を、翠は知っていた。
『翠……早く起きろ……』
そんな、光陽の声が聞こえたような気がした。早く起きなきゃ、また彼に心配をかけてしまう。そう思った瞬間、空が明るくなった。いつの間にか雨は止み、雲の隙間から太陽の光が差し込んできた。その光はあまりに眩しく、思わず瞼を閉じた。
目を開けると、翠は自分の部屋にいた。見知った天井を見上げながら、頭を整理する。確か、簪を探して山に行き、そこでカマイタチを捕まえた。けれど、簪は見つからなくて……
「そっか……そこで力つきたんだっけ」
そう独り言を呟く声は掠れていた。何か飲まなければと思うが、身体に力が入らず起き上がれない。どうやら、随分と長い間眠っていたらしい。身体の至る所がガチガチに固まってしまっていた。どうにか動かさなくては、と思った時、ふと傍らに温もりを感じる。ゆっくりと首を動かし、絶句。次いで、身体中の血液が顔に集まってきた。
「こ、光兄っ!!」
思わず声を上げると、光陽の瞼がピクリと動く。そのままゆっくりと瞼が開いていき、至近距離で目が合う。光陽はしばらくぼーっと翠を見つめていたが、やがて眼が冴えてくるとにっこりと笑みを浮かべる。
「翠、おはよう」
「お、おはよう……光兄、なんでここで寝てるの?」
「徹夜明けで見舞いに来たら眠くなったんだよ。でも翠がすぐ起きたから全然寝れなかったなー」
そう言いながら身体を起こすと、大きなあくびをしながら身体を伸ばす。よくよく見れば、目元には濃い隈がくっきりとついていた。すぐにでも自宅に帰って寝たかっただろうに、わざわざ翠の元に来てくれた。その事実が嬉しくて、目頭が熱くなるのを感じ慌てて布団をかぶり、顔を隠す。
翠はずっと山の中を裸足で走っていた。激しく打ち付ける雨の中、草木をかき分け、穴を覗き、大切な簪を探す。けれど、簪はどこにもない。
『どうして……』
思わず膝をつくと、先ほどまでは感じなかった疲れが押し寄せてくる。いつから自分がそうしていたのか、もう分からない。けれど、いつのまにか裾は泥に塗れ、足は傷だらけだった。
『もう諦めた方がいいのかな……』
こんなに探しても見つからないのだ。もう、ここにはないのかもしれない。これ以上探しても時間の無駄だ。そう分かっているのに、心は言うことを聞かない。ないものを諦められない自分がいる。
『はぁ……馬鹿みたい……』
そう、自分は馬鹿なのだ。光陽にとってはただの祝いの品でしかなかった物にこんなに執着して、周りを巻きこんで。勝手に大切な証と決め込んで、諦めきれずにいる。どれだけ自分勝手で、迷惑をかけているのか。次々に、自分の欠点ばかりが浮かんでくる。こうなると、もう自分では止められない。近くにあった気にもたれかかると、目元を手で覆う。
どうしたらいいか分からない――
もう、消えてしまいたい――
心の中で、そう叫んだ時だった。目の前には誰もいないのに、ふわりと、誰かに抱きしめられたような感覚が全身を包み込む。誰かの熱が、翠の冷え切った心を温めていく。この感覚を、翠は知っていた。
『翠……早く起きろ……』
そんな、光陽の声が聞こえたような気がした。早く起きなきゃ、また彼に心配をかけてしまう。そう思った瞬間、空が明るくなった。いつの間にか雨は止み、雲の隙間から太陽の光が差し込んできた。その光はあまりに眩しく、思わず瞼を閉じた。
目を開けると、翠は自分の部屋にいた。見知った天井を見上げながら、頭を整理する。確か、簪を探して山に行き、そこでカマイタチを捕まえた。けれど、簪は見つからなくて……
「そっか……そこで力つきたんだっけ」
そう独り言を呟く声は掠れていた。何か飲まなければと思うが、身体に力が入らず起き上がれない。どうやら、随分と長い間眠っていたらしい。身体の至る所がガチガチに固まってしまっていた。どうにか動かさなくては、と思った時、ふと傍らに温もりを感じる。ゆっくりと首を動かし、絶句。次いで、身体中の血液が顔に集まってきた。
「こ、光兄っ!!」
思わず声を上げると、光陽の瞼がピクリと動く。そのままゆっくりと瞼が開いていき、至近距離で目が合う。光陽はしばらくぼーっと翠を見つめていたが、やがて眼が冴えてくるとにっこりと笑みを浮かべる。
「翠、おはよう」
「お、おはよう……光兄、なんでここで寝てるの?」
「徹夜明けで見舞いに来たら眠くなったんだよ。でも翠がすぐ起きたから全然寝れなかったなー」
そう言いながら身体を起こすと、大きなあくびをしながら身体を伸ばす。よくよく見れば、目元には濃い隈がくっきりとついていた。すぐにでも自宅に帰って寝たかっただろうに、わざわざ翠の元に来てくれた。その事実が嬉しくて、目頭が熱くなるのを感じ慌てて布団をかぶり、顔を隠す。