第四十二話 封印の印

文字数 866文字

 光陽が袂から取り出した印を頭の額に押す。妖力封じの印だった。印を押し終わり光陽が合図を出すと、部下達が一斉に木から降り、倒れているカマイタチ達に同じように印を押す。全員に印が押されたことを確認し、光陽は水月を呼び寄せた。慌てて水月はカマイタチに駆け寄り、応急処置をされた者から手早く縛っていった。普段大量の荷物を扱っていることもあり、その手さばきは見事だった。テキパキと後処理をしている様子を見ながら、翠はホッと胸を撫で下ろす。これでようやく終わったのだ。そう思うと、一気に緊張が解れていく。だが、翠はこれで終わりではない。翠の目的は討伐ではなく、簪を取り返すことだ。巣穴を見た後、視界の端で光陽の様子を確認する。まだ部下に指示を出しており、こちらには気付いていないようだった。



(勝手にいったら怒られるだろうけど……)



 盗賊は討伐したのだ。一人で入ってもおそらく大丈夫だろう。それに、これは翠の問題だ。出来れば、自分一人の力で解決をしたい。覚悟を決めると、翠は見つからないようにそろりそろりと巣穴に近づく。後もう少しで入口に辿り着く。そんな時だった。



「すーいー」



 ガシッと、背後から肩を掴まれる。振り返らずとも声だけで誰か分かる。どういう顔をしているかも。分かっているからこそ、振り返れなかった。その場で固まっていると、回り込まれ、顎をクイッと持ち上げられる。強制的に視線を合わせられる。翠を捉えるその瞳は、全く笑っていなかった。



「なんでそう全部一人で解決しようとするわけ?」
「私の問題だから」
「はぁ……もういい」



 そう言い捨てると、翠の身体を軽々と抱き上げる。状況を飲み込めず、光陽の顔を見上げる。翠の視線に気づいた彼は、一つ大きなため息をつく。



「これだったら逃げられないだろ。ほら、行くぞ」



 不満そうに口を尖らせながらそう言葉を漏らす光陽は、いつもよりも子供っぽかった。そんな珍しい彼の姿に思わず笑みをこぼしながら、翠は彼に抱えられ巣穴の中へと入った。


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登場人物紹介

翠(すい):17歳の鵺。力を一部しか使えず、自分に自信がない為、身分や立場にこだわるようになった。身の丈にあった生活をすることが夢であったが、大好きな従姉に請われ、従姉を支える為に出仕した。現在、皇后付き兼帝付きの侍女をしている。幼少期に助けてもらって以来、光陽に恋心を抱いているが、大人になってからは距離を取るようになった。

光陽(こうよう):22歳の鬼と妖狐のハーフ。仕事には真面目であり、現在近衛左中将の地位にある。帝とは乳兄弟で、帝が心を許せる数少ない相手。天然たらしな為、宮中にいる時は周りに女性がいることが多い。が、本人は恋愛に疎く、友情の恋愛の違いが分かっていない。狐の性質が翠に向かいやすく、翠をからかって遊ぶことが好き。皇后からは嫌われているが、自身も皇后を苦手にしている。

有比良(ありひら):銀鬼国の今上帝。この国で最強の鬼で22歳。光陽とは乳兄弟で光陽を信頼している。クールで寡黙だが皇后を溺愛している。後宮には約100人の妃がいる為、光陽からは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。

香子(かおるこ):鵺で翠の従姉。皇后として有比良を支える。翠のことになると猪突猛進になりがちで、はっきりしない光陽が嫌い。隙あれば光陽を呪い殺そうとする。

水月(みづき):翠の幼なじみの鵺。鵺としての力は弱いが、配達屋としての地位を確立。貴族からの信頼も厚い。翠が好きだが本人にはこれっぽっちも伝わっていない。

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