第七話 心のすれ違い

文字数 962文字

 そして、十分が経過した――



「分かったっ……分かったからもう……」



 降参したのは翠だった。指を止めれば、もう限界だったのか、光陽にもたれかかりながら肩で呼吸を整えている。少しやりすぎたか、とも思ったが終わってしまったことは仕方ない。その反省を心のうちに隠しながら、意地悪な言葉を紡ぐ。



「よく出来ました。最初から素直になってればよかっただろ?」
「……ここまですることないでしょ」
「ここまでさせたのは翠だよ」
「光兄の意地悪」
「俺は狐だからしょうがない」



 昔のように自分を呼ぶ翠に、目元を綻ばせる。ふと頭に目をやれば、綺麗に結われた部分に、見慣れた簪が刺さっていた。それは確か、光陽が成人の祝いにと渡したものだ。月日がたち、少し色は落ちていたが丁寧に扱われていたのだろう。まだ美しさを保っていた。まだ持っていてくれたことを嬉しく思いながら、つい幼子にするように頭を撫でる。その瞬間、鋭い眼光がこちらを捉える。いつの頃からか、こうして子ども扱いされることを翠は嫌がるようになった。



「昔はこうしたら喜んで膝の上にいてくれたのになー」



 残念そうに呟けば、翠の眉間の皺が濃くなる。



「十七なんだよ。わたしだってもう……子どもじゃない」
「知ってる。知ってるけど、俺にとって翠は翠だから」



 それが光陽の本心だった。けれど、翠は一瞬、酷く傷ついた表情を浮かべた。まるで、泣いていた幼き日のように。



(なんで?)



 光陽にはなぜ翠がそんな表情を浮かべるか、理解できなかった。自分の何が失言だったのか、思案していると、いつの間にか腕の力が緩んだらしい。その隙をついて翠はするりと腕をすり抜けていく。捨てられた靴を足に履くと、一度も光陽を振り向かずに言葉を吐き捨てる。



「もう遅いので、お気をつけてお帰りください。それでは、失礼いたします」



 他人行儀な台詞。明確な線を引かれたことを感じる。唐突な行動についていけず、光陽は頭をかき乱す。何が悪かったのか、全く心当たりがない。けれどこのままここにいた所で、彼女が戻ってこないことだけは分かる。ならば、ここには用がない。解決できない難問にモヤモヤする気持ちを抱えたまま、近衛府の詰所へと戻っていった。


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登場人物紹介

翠(すい):17歳の鵺。力を一部しか使えず、自分に自信がない為、身分や立場にこだわるようになった。身の丈にあった生活をすることが夢であったが、大好きな従姉に請われ、従姉を支える為に出仕した。現在、皇后付き兼帝付きの侍女をしている。幼少期に助けてもらって以来、光陽に恋心を抱いているが、大人になってからは距離を取るようになった。

光陽(こうよう):22歳の鬼と妖狐のハーフ。仕事には真面目であり、現在近衛左中将の地位にある。帝とは乳兄弟で、帝が心を許せる数少ない相手。天然たらしな為、宮中にいる時は周りに女性がいることが多い。が、本人は恋愛に疎く、友情の恋愛の違いが分かっていない。狐の性質が翠に向かいやすく、翠をからかって遊ぶことが好き。皇后からは嫌われているが、自身も皇后を苦手にしている。

有比良(ありひら):銀鬼国の今上帝。この国で最強の鬼で22歳。光陽とは乳兄弟で光陽を信頼している。クールで寡黙だが皇后を溺愛している。後宮には約100人の妃がいる為、光陽からは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。

香子(かおるこ):鵺で翠の従姉。皇后として有比良を支える。翠のことになると猪突猛進になりがちで、はっきりしない光陽が嫌い。隙あれば光陽を呪い殺そうとする。

水月(みづき):翠の幼なじみの鵺。鵺としての力は弱いが、配達屋としての地位を確立。貴族からの信頼も厚い。翠が好きだが本人にはこれっぽっちも伝わっていない。

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