第四十一話 最強の妖狐

文字数 1,034文字

「光兄ってほんと強いよな」



 いつの間にか翠の隣にいた水月がぽつんと呟く。戦況は五分に見えるが、額に汗が滲んでいる頭とは対照に、光陽は笑みを浮かべながら攻撃を避けていた。おそらく、現在も全力は出していないだろう。ギリギリの所まで攻撃を引き付け避けるなど、やや遊んでいる節も見られる。だが、それを可能にする位、圧倒的な力の差がそこにはあった。そして、自分達とも違う。



「光兄は、特別な妖狐だから……」



 帝に次ぐ力を持った、鬼と妖狐の混血児(ハーフ)――



 それが、光陽だった。例え敵が毒を使おうと、当たらなければ意味はない。そして、彼は絶対に当たらない。最高クラスの妖怪といっても過言ではない力を彼は持っている。だからこそ、帝も彼にこの案件を任せたのだ。



 そのまま、どれだけの時が経っただろうか……



 頭の動きが鈍くなった。息は上がり、明らかに疲労の色が見える。対する光陽はまだまだ余裕だった。まもなく決着がつく。誰もがそう思った時だった。



「くそう……このままやられてたまるかよっ!」



 頭が急に方向を変え、走り始めた。木の上で待機していた部下達が矢を射かけるが、全て避けられる。



「やばい! 逃げられちまう!」



 水月がそう叫んだのと、翠が動くのはほぼ同時だった。茂みから飛び出た翠は、カマイタチの進行方向に向かって風の壁を作る。だが、出来た壁はカマイタチの背の丈程であり、このままでは飛び越えられてしまいそうだった。



「けっ! こんな壁飛び越えてやるよっ!」
「させないっ!」



 自分の中に、力が湧き上がってくるのを感じた。これは、光陽が沸けてくれた気だ。彼の為にも、絶対に頭を逃がすわけにはいかない。目を閉じ、壁に意識を集中させる。そして、壁を縦に横に広げていった。



「何っ!」



 すでに上に跳ぶ体勢に入っていた頭は、止まることも避けることも出来ず、翠の作った壁にぶつかり後ろに倒れこむ。その隙を光陽は見逃さなかった。



「翠、上出来」



一瞬の内に間を詰めると、頭の上に馬乗りになる。そして肩口に手を置くと、腰から抜いた刀を首元に突きつけた。あっという間の出来事だった。頭がゴクリと唾を呑みこむと同時に、光陽はニヤリと口許を吊り上げた。



「首はまだ繋がっていたいだろ? 大人しく投降しろ」
「くそっ……好きにしろ」



 その言葉が、作戦終了の合図だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

翠(すい):17歳の鵺。力を一部しか使えず、自分に自信がない為、身分や立場にこだわるようになった。身の丈にあった生活をすることが夢であったが、大好きな従姉に請われ、従姉を支える為に出仕した。現在、皇后付き兼帝付きの侍女をしている。幼少期に助けてもらって以来、光陽に恋心を抱いているが、大人になってからは距離を取るようになった。

光陽(こうよう):22歳の鬼と妖狐のハーフ。仕事には真面目であり、現在近衛左中将の地位にある。帝とは乳兄弟で、帝が心を許せる数少ない相手。天然たらしな為、宮中にいる時は周りに女性がいることが多い。が、本人は恋愛に疎く、友情の恋愛の違いが分かっていない。狐の性質が翠に向かいやすく、翠をからかって遊ぶことが好き。皇后からは嫌われているが、自身も皇后を苦手にしている。

有比良(ありひら):銀鬼国の今上帝。この国で最強の鬼で22歳。光陽とは乳兄弟で光陽を信頼している。クールで寡黙だが皇后を溺愛している。後宮には約100人の妃がいる為、光陽からは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。

香子(かおるこ):鵺で翠の従姉。皇后として有比良を支える。翠のことになると猪突猛進になりがちで、はっきりしない光陽が嫌い。隙あれば光陽を呪い殺そうとする。

水月(みづき):翠の幼なじみの鵺。鵺としての力は弱いが、配達屋としての地位を確立。貴族からの信頼も厚い。翠が好きだが本人にはこれっぽっちも伝わっていない。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み