第二十五話 届けられた情報
文字数 1,654文字
「翠のことだから、鵺に性に流されてなければ伝達をしているはずよ。ただ、もし深追いしすぎていたら、一人では戻ってこられないかもしれない」
皇后の視線が御簾越しに光陽を捉える。その瞳は、従妹の身を案じていた。
「そうなったら、責任取って探しに行って。それは癪だけど貴方にしか出来ない」
「御意。迷子のお姫様を探すのは俺の役目ですから」
翠は筋金入りの方向音痴だ。それも、未だに宮廷内で迷子になるほどの。もし猪突猛進にカマイタチを追いかけていれば、間違いなく迷子になるに決まっている。そうなった翠を見つけるのは、いつも光陽の役目だ。何故か光陽には翠のいる場所が何となく分かる。今までもそれで何度見つけてきたか。見つける度に涙目で抱き着いてきていた翠の姿を思い出し、ふっと口元に笑みを浮かべると、御簾越しに皇后に蹴られた。光陽が笑みが気に食わないらしい。咳払いをして表情を戻すと、項垂れている水月に声をかける。
「貴重な情報をありがとう。お前も仕事があるだろ? そろそろ帰った方がいいぞ」
「今日はもうこれ以上仕事はないから大丈夫です。それよりも光兄、俺にも翠を捜させてください! 俺が一緒に入れば防げたかもしれないんです!」
「でも……」
「行かせてやれ」
今まで黙っていた帝が口を開く。そして今はもう、御簾越しでなければ話せない身分になった水月へ言葉を渡す。
「光陽と一緒に翠を捜してくれ」
「はい!」
帝の言葉は、そのまま命令になる。帝の命令であれば、光陽には断る権利がない。あまり背丈の変わらなくなった水月の頭に手をやると、乱暴に撫でた。
「うわっ! 光兄! 何するんですか!」
「うるさい。付いてくるつもりなら、しっかり働いてもらうからな。文句言うなよ?」
「分かってますよ! だから頭撫でるのやめてくださいっ!」
昔はこうすれば皆喜んだのに、と疑問に思いながら手を止める。喜んでもらえないことにがっかりしていると、門の方から検非違使が一人、こちらに近づいてきた。検非違使は光陽の足元に跪く。
「香涼殿の翠殿より、言伝を預かって参りました」
御簾の中で色めきだった声がする。おそらく、皇后だろう。無事とは分かっていても、最愛の従妹が行方知れずなのだ。心配して当然だ。それは光陽も同じである。心の中で安堵しながら、検非違使に続きを急かす。
「翠はなんて?」
「はい。まず状況からご説明します。場所は香涼殿裏門に続く路地裏にて、女官殿はカマイタチと遭遇。その後、応戦されたようですが傷は一つもありませんでした。しかし、取り逃がしたとの報告を受けています。また、左中将へ言伝として『カマイタチは北から来た何者かの頼みを聞いて、女官を襲っているようです。狙いは女官が身に着けている装飾品。儀式か何かに使うのかもしれません』とおっしゃっておられました」
つまり、一人でカマイタチに遭遇し身を守りきっただけではなく、それだけの情報をカマイタチから聞き出したということだ。それだけでも、一女官としてはお手柄だった。思わず笑みをこぼしながら、検非違使に翠の居場所を問う。
「そうか。それで、翠は今どこに?」
「それが……行くところがあると言ってすぐに走り去ってしまいました」
「分かった。伝令ご苦労。持ち場に戻っていいよ」
「はっ。それでは失礼いたします」
検非違使は一礼をし、その場から去っていった。後ろ姿が完全に門を潜ったのを見届けた後、御簾越しに中の帝に声をかける。
「有比良、あいつどうも深入りしてるみたいだから捜索隊組んでいいか?」
「あぁ。ついでにその捜索隊でカマイタチも討伐してくれ」
「はいはい。じゃあ、一回近衛府に帰る」
「あぁ。頼んだ」
「ほら、水月。行くぞ」
水月を引き連れ、光陽は近衛府へと戻っていった。貴重な情報を届けてくれた翠を探し出し、カマイタチを討伐するために。
皇后の視線が御簾越しに光陽を捉える。その瞳は、従妹の身を案じていた。
「そうなったら、責任取って探しに行って。それは癪だけど貴方にしか出来ない」
「御意。迷子のお姫様を探すのは俺の役目ですから」
翠は筋金入りの方向音痴だ。それも、未だに宮廷内で迷子になるほどの。もし猪突猛進にカマイタチを追いかけていれば、間違いなく迷子になるに決まっている。そうなった翠を見つけるのは、いつも光陽の役目だ。何故か光陽には翠のいる場所が何となく分かる。今までもそれで何度見つけてきたか。見つける度に涙目で抱き着いてきていた翠の姿を思い出し、ふっと口元に笑みを浮かべると、御簾越しに皇后に蹴られた。光陽が笑みが気に食わないらしい。咳払いをして表情を戻すと、項垂れている水月に声をかける。
「貴重な情報をありがとう。お前も仕事があるだろ? そろそろ帰った方がいいぞ」
「今日はもうこれ以上仕事はないから大丈夫です。それよりも光兄、俺にも翠を捜させてください! 俺が一緒に入れば防げたかもしれないんです!」
「でも……」
「行かせてやれ」
今まで黙っていた帝が口を開く。そして今はもう、御簾越しでなければ話せない身分になった水月へ言葉を渡す。
「光陽と一緒に翠を捜してくれ」
「はい!」
帝の言葉は、そのまま命令になる。帝の命令であれば、光陽には断る権利がない。あまり背丈の変わらなくなった水月の頭に手をやると、乱暴に撫でた。
「うわっ! 光兄! 何するんですか!」
「うるさい。付いてくるつもりなら、しっかり働いてもらうからな。文句言うなよ?」
「分かってますよ! だから頭撫でるのやめてくださいっ!」
昔はこうすれば皆喜んだのに、と疑問に思いながら手を止める。喜んでもらえないことにがっかりしていると、門の方から検非違使が一人、こちらに近づいてきた。検非違使は光陽の足元に跪く。
「香涼殿の翠殿より、言伝を預かって参りました」
御簾の中で色めきだった声がする。おそらく、皇后だろう。無事とは分かっていても、最愛の従妹が行方知れずなのだ。心配して当然だ。それは光陽も同じである。心の中で安堵しながら、検非違使に続きを急かす。
「翠はなんて?」
「はい。まず状況からご説明します。場所は香涼殿裏門に続く路地裏にて、女官殿はカマイタチと遭遇。その後、応戦されたようですが傷は一つもありませんでした。しかし、取り逃がしたとの報告を受けています。また、左中将へ言伝として『カマイタチは北から来た何者かの頼みを聞いて、女官を襲っているようです。狙いは女官が身に着けている装飾品。儀式か何かに使うのかもしれません』とおっしゃっておられました」
つまり、一人でカマイタチに遭遇し身を守りきっただけではなく、それだけの情報をカマイタチから聞き出したということだ。それだけでも、一女官としてはお手柄だった。思わず笑みをこぼしながら、検非違使に翠の居場所を問う。
「そうか。それで、翠は今どこに?」
「それが……行くところがあると言ってすぐに走り去ってしまいました」
「分かった。伝令ご苦労。持ち場に戻っていいよ」
「はっ。それでは失礼いたします」
検非違使は一礼をし、その場から去っていった。後ろ姿が完全に門を潜ったのを見届けた後、御簾越しに中の帝に声をかける。
「有比良、あいつどうも深入りしてるみたいだから捜索隊組んでいいか?」
「あぁ。ついでにその捜索隊でカマイタチも討伐してくれ」
「はいはい。じゃあ、一回近衛府に帰る」
「あぁ。頼んだ」
「ほら、水月。行くぞ」
水月を引き連れ、光陽は近衛府へと戻っていった。貴重な情報を届けてくれた翠を探し出し、カマイタチを討伐するために。