第三十六話 お仕置き

文字数 1,136文字

「今回の事件、どこが絡んでるか分かってる?」
「……ガシャドクロ」
「なのに何でこんな無茶したんだ?」
「だって……光兄の簪盗られたから」



 そう告げる声が震える。こんな風に怒られるのは、それこそ子どもの頃以来かもしれない。けれど、翠も引けなかった。



「あれだけは誰にも渡せない。だから追いかけたの」
「簪なんていくらでも……」
「あれは特別な簪。だから誰であっても渡すわけにはいかないの」



 顔を上げ、真っ直ぐと光陽の瞳を見つめる。



「勝手なことをしたこと、迷惑をかけたことは謝る。でも、それだけあの簪が大事だったの。それだけは分かって欲しい」



 伝われ――



 精一杯の気持ちを込め、言葉をぶつける。分かってもらえるかどうかは翠にも分からなかった。けれど、絶対に譲るつもりはない。気全とした態度を取りながら、光陽の言葉を待った。意見を曲げない翠を見て、彼は大きく息をつく。



「強情。どうして鵺って種族はこんなに頑固なんだよ……」
「……ごめんなさい」
「もういいよ。俺の負け。だけど、これだけは覚えておいて」



 コツンと、額を合わせる。そして、いつにもなく弱々しい声が、彼の唇から零れた。



「皇后様も……俺も、すごく心配した。お前に何かあったら悲しむ奴がいるんだからな」
「はい……ごめんなさい」
「もう謝るのは禁止」



 額が離れていき、容赦なくデコピンをされた。思わず額を抑えて光陽を睨めば、彼はいつもの優しい笑みを浮かべる。



「ほら、簪取り返しに行くよ」
「……いいの?」
「どのみち討伐にいかないといけないから、そのついで。でも、危ないことはするなよ?」
「分かった。約束する」
「お利口さん。じゃあ、行こうか」



 ふわりと身体が宙に浮いた。気が付けば、翠を抱きかかえたまま光陽が立ち上がっていたのだ。思わず目をぱちくりさせる。事態を飲み込むまでに、少し時間がかかった。しかし、状況が分かると翠の顔は一気に赤くなった。



「こ、光兄っ! 降ろして!」
「嫌だ。これは心配させた罰」



 そう告げ、光陽は翠を抱えて歩き始めた。暴れて抵抗しようとしたが、逆に落ちそうになり慌てて彼の首に腕を回ししがみつく。そんな翠を、彼はニヤニヤしながら見つめてきた。



「随分積極的だな。そんなに嬉しい?」
(そんなわけないっ!)



 言葉にしてしまいたかったが、ぐっと堪える。それを言えば彼を喜ばせるだけだ。狐の性は本当に質が悪い。彼を睨みつければ、満足そうな笑みで返される。どう足掻いても、翠は彼に勝てないらしい。仕方がなく、どこに向かうかも知らされずされるがまま、翠は彼に運ばれた。


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登場人物紹介

翠(すい):17歳の鵺。力を一部しか使えず、自分に自信がない為、身分や立場にこだわるようになった。身の丈にあった生活をすることが夢であったが、大好きな従姉に請われ、従姉を支える為に出仕した。現在、皇后付き兼帝付きの侍女をしている。幼少期に助けてもらって以来、光陽に恋心を抱いているが、大人になってからは距離を取るようになった。

光陽(こうよう):22歳の鬼と妖狐のハーフ。仕事には真面目であり、現在近衛左中将の地位にある。帝とは乳兄弟で、帝が心を許せる数少ない相手。天然たらしな為、宮中にいる時は周りに女性がいることが多い。が、本人は恋愛に疎く、友情の恋愛の違いが分かっていない。狐の性質が翠に向かいやすく、翠をからかって遊ぶことが好き。皇后からは嫌われているが、自身も皇后を苦手にしている。

有比良(ありひら):銀鬼国の今上帝。この国で最強の鬼で22歳。光陽とは乳兄弟で光陽を信頼している。クールで寡黙だが皇后を溺愛している。後宮には約100人の妃がいる為、光陽からは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。

香子(かおるこ):鵺で翠の従姉。皇后として有比良を支える。翠のことになると猪突猛進になりがちで、はっきりしない光陽が嫌い。隙あれば光陽を呪い殺そうとする。

水月(みづき):翠の幼なじみの鵺。鵺としての力は弱いが、配達屋としての地位を確立。貴族からの信頼も厚い。翠が好きだが本人にはこれっぽっちも伝わっていない。

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