第二十一話 朝廷
文字数 1,495文字
その頃、朝廷には主だった官達が集められていた。今日の議題は、毒爪を持ったカマイタチ事件のこと。
「北の毒が使われているのは本当なのか! あの国はまた戦争をする気か!」
「いや、まだ白牙が関わっているとは限らないだろう」
「だが、あの植物は北でしか生息できない。ガシャドクロではないにしても誰かしら関わっているのは間違いないだろう」
光陽から報告を受け、朝廷は紛糾していた。高官達は皆憤り、各々がどこにぶつければよいか分からない怒りを言葉で込め、冷静さを保てていない。それもそうだろう。白牙国が関わっている可能性があるとなれば、皆心中穏やかではいられない。先の大戦が終わってまだ数年。この場にいるほとんどの者が大戦で親族・友人を失っている。傷口が疼くことはあっても、癒えることはない。だが、帝は何を考えているのか、ただ静かにその場に座していた。
一時間ほど前――
宮廷に戻った光陽は侍女長の針のような視線を受けながら、寵姫の寝室に向かった。まだ寝ていた所を申し訳なく思いながら叩き起こし、娘が亡くなったことも含めて報告をした。だがその時も、寡黙な帝は「朝廷を開く」の一言しか告げなかった。いつも無駄なことは喋らない為分かりづらいが、かなり怒っていたのは間違いない。彼にとって国民は、身分に関わらず家族に等しい存在だ。それを十数名も奪われたという事実が、帝の心にどれだけの衝撃を与えたかは計り知れない。
そしておそらく、今もその怒りは続いている。いつもは冷静な帝が冷静さを欠いた時、彼が何をどう決断するのか。二十年以上共にしているが、光陽にすら検討がつかなかった。一対一の場面ではまだしも、今の身分では帝の言葉を待つしかできない。そもそも今回の出来事は初動を間違えた自分の責任だ。何かを進言することは出来ない・ただ、もし間違った決断をするのであれば、この命を懸けてでも止めなければいけない。拳を握りしめ帝に目配せをすると、帝は「大丈夫だ」と言わんばかりに微笑む。そして、その重い口を開いた。
「今回の件、白牙が絡んでいるのは間違いないと思っている」
「では、どうなさるおつもりですか?」
一斉に視線が一か所に集まる。言葉を発したのは右大臣だった。まっすぐ帝を見つめると、更に言葉を続ける。
「今回の件は主上自ら白牙が関わったと明言されておられる。しかし、我が国には現在、他国と争う体力は残っておりませぬ。ではどう解決なさるおつもりなのか。説明をしていただかなければ、我らも動きようがありませぬ」
それはこの場にいる者全ての総意だった。周囲の視線が今度は帝に集まる。帝がどのように返事をするのか単に興味のある者、帝の答えによって身の振り方を考えようと思っている者、様々な思惑が蠢いていた。皆の視線を一身に受けながら、帝は微笑む。
「あまり事を大きくしたくもない。だから戦はしない」
そう告げた後、帝は光陽の方を向く。
「今捜査に当たってる近衛小隊と検非違使のみでこの事件を治めろ」
それが命令ならばどんな少ない人数でもやり遂げるつもりではある。だが、本当にそれで周りは納得するのか。帝に視線でそう訴えたが、表情は変わらなかった。この命令を変えるつもりはないのだろう。それなら、と光陽は覚悟を決め、返事をする。
「……御意」
「今日は終了にする。皆、ご苦労であった」
他の官の意見も聞かず、一方的に議論を終了させる。そのまま帝は立ち上がり、少数の共を連れ、御座所へと下がっていった。
「北の毒が使われているのは本当なのか! あの国はまた戦争をする気か!」
「いや、まだ白牙が関わっているとは限らないだろう」
「だが、あの植物は北でしか生息できない。ガシャドクロではないにしても誰かしら関わっているのは間違いないだろう」
光陽から報告を受け、朝廷は紛糾していた。高官達は皆憤り、各々がどこにぶつければよいか分からない怒りを言葉で込め、冷静さを保てていない。それもそうだろう。白牙国が関わっている可能性があるとなれば、皆心中穏やかではいられない。先の大戦が終わってまだ数年。この場にいるほとんどの者が大戦で親族・友人を失っている。傷口が疼くことはあっても、癒えることはない。だが、帝は何を考えているのか、ただ静かにその場に座していた。
一時間ほど前――
宮廷に戻った光陽は侍女長の針のような視線を受けながら、寵姫の寝室に向かった。まだ寝ていた所を申し訳なく思いながら叩き起こし、娘が亡くなったことも含めて報告をした。だがその時も、寡黙な帝は「朝廷を開く」の一言しか告げなかった。いつも無駄なことは喋らない為分かりづらいが、かなり怒っていたのは間違いない。彼にとって国民は、身分に関わらず家族に等しい存在だ。それを十数名も奪われたという事実が、帝の心にどれだけの衝撃を与えたかは計り知れない。
そしておそらく、今もその怒りは続いている。いつもは冷静な帝が冷静さを欠いた時、彼が何をどう決断するのか。二十年以上共にしているが、光陽にすら検討がつかなかった。一対一の場面ではまだしも、今の身分では帝の言葉を待つしかできない。そもそも今回の出来事は初動を間違えた自分の責任だ。何かを進言することは出来ない・ただ、もし間違った決断をするのであれば、この命を懸けてでも止めなければいけない。拳を握りしめ帝に目配せをすると、帝は「大丈夫だ」と言わんばかりに微笑む。そして、その重い口を開いた。
「今回の件、白牙が絡んでいるのは間違いないと思っている」
「では、どうなさるおつもりですか?」
一斉に視線が一か所に集まる。言葉を発したのは右大臣だった。まっすぐ帝を見つめると、更に言葉を続ける。
「今回の件は主上自ら白牙が関わったと明言されておられる。しかし、我が国には現在、他国と争う体力は残っておりませぬ。ではどう解決なさるおつもりなのか。説明をしていただかなければ、我らも動きようがありませぬ」
それはこの場にいる者全ての総意だった。周囲の視線が今度は帝に集まる。帝がどのように返事をするのか単に興味のある者、帝の答えによって身の振り方を考えようと思っている者、様々な思惑が蠢いていた。皆の視線を一身に受けながら、帝は微笑む。
「あまり事を大きくしたくもない。だから戦はしない」
そう告げた後、帝は光陽の方を向く。
「今捜査に当たってる近衛小隊と検非違使のみでこの事件を治めろ」
それが命令ならばどんな少ない人数でもやり遂げるつもりではある。だが、本当にそれで周りは納得するのか。帝に視線でそう訴えたが、表情は変わらなかった。この命令を変えるつもりはないのだろう。それなら、と光陽は覚悟を決め、返事をする。
「……御意」
「今日は終了にする。皆、ご苦労であった」
他の官の意見も聞かず、一方的に議論を終了させる。そのまま帝は立ち上がり、少数の共を連れ、御座所へと下がっていった。