第三十話 老人

文字数 1,305文字

 その頃、巣穴に作られた一室では、盗賊の頭と白牙国から来た老人が向かい合っていた。二人の間には、手下達が盗んできた装飾品の山が積み上げられている。それを一つ一つ手に取って確かめると、老人は満足そうな笑みを浮かべた。



「流石は白牙一の盗賊集団ですな。良い品が多い」



 そう告げながら、老人は使い古されてはいるが細やかな装飾が施された簪を手に取る。少し触れただけでも伝わるほど、その簪は強い力を秘めていた。



「特にこれは素晴らしい。これだけでも十分じゃろう」
「それは良かった。でも爺さん、王はそんな儀式しなくてももうすぐ目覚めるって聞いたぜ? なんでわざわざこんなめんどくさいことしてんだよ」



 部下達が集めてきた戦利品を目の前でぶらつかせながら、頭は疑問を呈す。王を直接知らない妖怪からすれば、当然の疑問だろう。だが、側近である老人でさえ、今回の儀式については真意が掴めない点が多い。



(さて、どう説明したものか……)



 顎に蓄えた白い髭をゆっくり撫でながら、考えをまとめる。下級妖怪にも教えていい情報を頭の中で選別し、慎重に言葉を選んだ。



「眠りにつく前、王は力を欲しておられたのじゃ。その力を得る為の儀式じゃよ」
「へぇ。でもまた何で力を求めるんだ? また銀鬼国と戦をする気か?」
「さて……それはこの老いぼれには分からんよ」



 ガシャドクロは気まぐれだ。常に自分が楽しいことを求め、その為であれば何でもする。先の戦とて、王には大義名分はなかった。ただ退屈をしていたから、それだけの理由だった。だが、その戦で相打ちとなり深手を負った。それは王にとって想定外だったのだろう。眠りにつく前、王は笑っていた。そして、部下達に一つの命令を下した。「我にもっと力を与えよ」と。それが何のことを指すのかは誰にも分からない。もしかすると、今回の儀式で与える力ではなく、もっと別の物を意味していたのかもしれない。だが、それを確かめる術は今はない。老人とて王の意思を推測し、可能性に基づいて動いているだけだ。そもそも、力を何に使うのかすら分かっていない。もしかすると、王を楽しませた銀鬼国に再度戦いを挑むのかもしれないし、また別の刺激を求めて他国に攻めるのかもしれない。だが、全ての真意を知るのは王だけだ。この件に関して側近達は知ることを求められていない。求められているのは、ただ王の心を汲み取って行動することのみ。



「儂がすることは、ただその御心にしたがうことだけじゃよ」
「へぇ。爺さんも大変だな」
「慣れたらそうでもないよ。ほれ、追加の報酬じゃ」



 金の入った袋を懐から出すと、頭に手渡す。中身を確認すると、頭は思わず口元を緩める。袋には家一つ建てられそうな金額が入れられていた。



「ありがとよ。また追加が届いたら持ってくる」
「あぁ。待っておるよ」



 そう老人が返事を返すと、頭は立ち上がり部屋を後にした。残された老人は一人、装飾品をまた一つ一つ触り、力の強さを確かめる。その中から主の糧になりそうな物を選び出し、袋へとしまっていった。 


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登場人物紹介

翠(すい):17歳の鵺。力を一部しか使えず、自分に自信がない為、身分や立場にこだわるようになった。身の丈にあった生活をすることが夢であったが、大好きな従姉に請われ、従姉を支える為に出仕した。現在、皇后付き兼帝付きの侍女をしている。幼少期に助けてもらって以来、光陽に恋心を抱いているが、大人になってからは距離を取るようになった。

光陽(こうよう):22歳の鬼と妖狐のハーフ。仕事には真面目であり、現在近衛左中将の地位にある。帝とは乳兄弟で、帝が心を許せる数少ない相手。天然たらしな為、宮中にいる時は周りに女性がいることが多い。が、本人は恋愛に疎く、友情の恋愛の違いが分かっていない。狐の性質が翠に向かいやすく、翠をからかって遊ぶことが好き。皇后からは嫌われているが、自身も皇后を苦手にしている。

有比良(ありひら):銀鬼国の今上帝。この国で最強の鬼で22歳。光陽とは乳兄弟で光陽を信頼している。クールで寡黙だが皇后を溺愛している。後宮には約100人の妃がいる為、光陽からは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。

香子(かおるこ):鵺で翠の従姉。皇后として有比良を支える。翠のことになると猪突猛進になりがちで、はっきりしない光陽が嫌い。隙あれば光陽を呪い殺そうとする。

水月(みづき):翠の幼なじみの鵺。鵺としての力は弱いが、配達屋としての地位を確立。貴族からの信頼も厚い。翠が好きだが本人にはこれっぽっちも伝わっていない。

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