第二十話 盗られた物と鵺の性

文字数 1,153文字

 次の瞬間――



「くっ……こうなったら」



 カマイタチが前に飛び出してきた。毒爪を受けないよう、翠も咄嗟に風の壁で身を守る。だが、カマイタチは風をもろともせず直進してきた。自殺行為だ。この風圧の中に飛び込めば身体はバラバラになるだろう。想像しただけでも気持ちが悪い。思わず翠は風を消し、カマイタチの突進を避け、地面に倒れこんだ。その瞬間、翠の髪から簪が投げ出される。それをカマイタチは見逃さなかった。



「あっ!」
「運がいいぜっ! これは貰っていくからなっ!」



 地面に落ちた簪を掴むと、そのままカマイタチは街中と消えていった。足止めは失敗だった。だが、今の翠にはそれ以上に、簪を盗られた衝撃(ショック)の方が大きかった。



「取り返さなきゃ……」



 自分の中に宿る鵺の性が、翠を掻き立てる。この衝動(イド)は抑えられそうになかった。翠は立ち上がり、意識を集中させて風の気配を辿る。風の中に微かに香る毒の匂いが、カマイタチの辿った道を教えてくれた。細い細い糸のような道。それを進もうとしたその時、真が悪くも検非違使達が到着した。検非違使達は翠を見つけると、慌てて近づいてくる。



「貴女は香涼殿の……大丈夫ですか? お怪我は?」



 やってきた検非違使は御所で見たことのある顔だった。心配そうに声をかけてくれている。けれど、それを有難く思う心の余地はなかった。カマイタチの痕跡は今にも掻き消えてしまいそうな、細い道。今すぐ追いかけなければ、分からなくなってしまうかもしれない。今すぐ追いかけたい衝動が全身を駆け巡っていた。だが、検非違使達に情報を伝えなければ、解決が長引くかもしれない。それでは意味がない。衝動を理性で必死に抑えながら、翠は早口で言葉を紡ぐ。



「怪我はありません。ですが、カマイタチを逃がしてしまいました」
「カマイタチに会ったのですか!? よくご無事で……」
「それより、この事件はどなたのお預かりでしょうか? 上の方にお伝えいただきたいことがあるのですが」
「この事件は、近衛左中将様が取り仕切っておられます」
「では、左中将様に伝えてください。カマイタチは北から来た何者かの頼みを聞いて、女官を襲っているようです。狙いは女官が身に着けている装飾品。儀式か何かに使うのかもしれません」
「分かりました。情報提供、感謝いたします。女官殿もお疲れでしょう。宮までご一緒しますから戻りましょう」
「いえ。私は行くところがありますので」



 そう告げ一礼した後、翠は踵を返した。匂いは今にも消えかけている。もうこれ以上時間は無駄にできない。検非違使の声を無視し、細い糸を辿りカマイタチを追い、ボロボロの身体に鞭打ちながら駆けて行った。



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登場人物紹介

翠(すい):17歳の鵺。力を一部しか使えず、自分に自信がない為、身分や立場にこだわるようになった。身の丈にあった生活をすることが夢であったが、大好きな従姉に請われ、従姉を支える為に出仕した。現在、皇后付き兼帝付きの侍女をしている。幼少期に助けてもらって以来、光陽に恋心を抱いているが、大人になってからは距離を取るようになった。

光陽(こうよう):22歳の鬼と妖狐のハーフ。仕事には真面目であり、現在近衛左中将の地位にある。帝とは乳兄弟で、帝が心を許せる数少ない相手。天然たらしな為、宮中にいる時は周りに女性がいることが多い。が、本人は恋愛に疎く、友情の恋愛の違いが分かっていない。狐の性質が翠に向かいやすく、翠をからかって遊ぶことが好き。皇后からは嫌われているが、自身も皇后を苦手にしている。

有比良(ありひら):銀鬼国の今上帝。この国で最強の鬼で22歳。光陽とは乳兄弟で光陽を信頼している。クールで寡黙だが皇后を溺愛している。後宮には約100人の妃がいる為、光陽からは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。

香子(かおるこ):鵺で翠の従姉。皇后として有比良を支える。翠のことになると猪突猛進になりがちで、はっきりしない光陽が嫌い。隙あれば光陽を呪い殺そうとする。

水月(みづき):翠の幼なじみの鵺。鵺としての力は弱いが、配達屋としての地位を確立。貴族からの信頼も厚い。翠が好きだが本人にはこれっぽっちも伝わっていない。

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