第二十四話 翠の行方
文字数 1,302文字
「このヘッポコ左中将! 今度は翠に何をしたのよっ!」
愛らしい顔付きには似合わない言葉が飛び出す。その形相はまさに鬼女だった。先ほどまでは勝手に同志と思い込んでいたが、やはり分かり合えない間柄だったようだ。この状態の皇后には何を言っても火に油を注ぐだけ。逃げ出そうと御簾を持ち上げた所で、侍女長に手を掴まれた。どこにそんな力があるのか、振り払おうとしてもビクともしない。とんだ伏兵だ。観念した光陽は溜息をつき、その場に居直る。
「昨晩は……少し話しただけです」
「嘘よ! それ位であの子が休むはずないわ! 白状なさい!」
狂乱気味に叫ばれ、耳が痛い。本当のことを言った所で怒られるのは目に見えている。乳兄弟を見れば、どこがそんなにいいのか皇后を愛おしそうに眺めているだけで、助けてはくれないようだった。その様子を恨めしそうに眺めながら、打開策を模索する。だが、ここから出られない以上、この狂気的な叫びに堪えるしかなさそうだった。
そんな時だった――
「っちわー! 配達屋です! 翠から頼まれて荷物届けに来ました!」
裏門の方から元気のいい声が聞こえてきた。翠、という言葉に反応し、皇后はすぐ侍女長に指示を出し、配達屋を部屋の前に連れてくるように告げる。侍女長は光陽に視線だけで釘を刺した後、そそくさと御簾の外へと出ていった。数分後、籠いっぱいの棗を持った鵺の青年を連れて戻ってくる。
「水月! 久しぶりね!」
御簾越しに皇后が声をかければ、明るい声が返ってくる。
「ご無沙汰してました。お元気そうで何よりです! お荷物お届けしました!」
「ありがとう。ところで翠は? 翠は一緒じゃないの?」
その言葉に、水月の顔から表情が消える。
「俺より先に帰りました。途中でも会いませんでした。まだ、戻ってないんですか?」
御簾の中で、光陽は帝に目配せをする。帝が頷くのを合図に部屋を出、水月に直接声をかけた。
「水月、いつ頃翠と別れた?」
「一時間程前です。一緒に行こうと思ったけど、あいつが大丈夫だって……でも何だか嫌な予感がして約束の時間より早く来たんです。くそっ。あいつ絶対面倒事に首突っ込んだな」
そう呟き、荷物を傍らに置いて水月は座りこんだ。苛立ちを抑えられないようで、髪をかき乱している。
「面倒事ってどういうことだ?」
「カマイタチの事件のこと、翠に話したんすよ。まっすぐ帰れって言ったのに……」
水月のその台詞に、その場にいた全員が肩を落とす。翠という人物を知らなければ、カマイタチの餌食になったのではと心配する所だが、彼女の持つ力を考えればそれはまずありえない。だからこそ、ここに助力を請いに来たのだ。それなのにまだ戻ってこないということは、何らかの理由があり、カマイタチを追いかけているのだろう。光陽が守ろうとしていた人物は、自分から事件に首を突っ込んでしまっていたようだ。誰も何も言えず、しばらく沈黙が流れる。その静寂を切り裂いたのは、冷静を取り戻した皇后だった。
愛らしい顔付きには似合わない言葉が飛び出す。その形相はまさに鬼女だった。先ほどまでは勝手に同志と思い込んでいたが、やはり分かり合えない間柄だったようだ。この状態の皇后には何を言っても火に油を注ぐだけ。逃げ出そうと御簾を持ち上げた所で、侍女長に手を掴まれた。どこにそんな力があるのか、振り払おうとしてもビクともしない。とんだ伏兵だ。観念した光陽は溜息をつき、その場に居直る。
「昨晩は……少し話しただけです」
「嘘よ! それ位であの子が休むはずないわ! 白状なさい!」
狂乱気味に叫ばれ、耳が痛い。本当のことを言った所で怒られるのは目に見えている。乳兄弟を見れば、どこがそんなにいいのか皇后を愛おしそうに眺めているだけで、助けてはくれないようだった。その様子を恨めしそうに眺めながら、打開策を模索する。だが、ここから出られない以上、この狂気的な叫びに堪えるしかなさそうだった。
そんな時だった――
「っちわー! 配達屋です! 翠から頼まれて荷物届けに来ました!」
裏門の方から元気のいい声が聞こえてきた。翠、という言葉に反応し、皇后はすぐ侍女長に指示を出し、配達屋を部屋の前に連れてくるように告げる。侍女長は光陽に視線だけで釘を刺した後、そそくさと御簾の外へと出ていった。数分後、籠いっぱいの棗を持った鵺の青年を連れて戻ってくる。
「水月! 久しぶりね!」
御簾越しに皇后が声をかければ、明るい声が返ってくる。
「ご無沙汰してました。お元気そうで何よりです! お荷物お届けしました!」
「ありがとう。ところで翠は? 翠は一緒じゃないの?」
その言葉に、水月の顔から表情が消える。
「俺より先に帰りました。途中でも会いませんでした。まだ、戻ってないんですか?」
御簾の中で、光陽は帝に目配せをする。帝が頷くのを合図に部屋を出、水月に直接声をかけた。
「水月、いつ頃翠と別れた?」
「一時間程前です。一緒に行こうと思ったけど、あいつが大丈夫だって……でも何だか嫌な予感がして約束の時間より早く来たんです。くそっ。あいつ絶対面倒事に首突っ込んだな」
そう呟き、荷物を傍らに置いて水月は座りこんだ。苛立ちを抑えられないようで、髪をかき乱している。
「面倒事ってどういうことだ?」
「カマイタチの事件のこと、翠に話したんすよ。まっすぐ帰れって言ったのに……」
水月のその台詞に、その場にいた全員が肩を落とす。翠という人物を知らなければ、カマイタチの餌食になったのではと心配する所だが、彼女の持つ力を考えればそれはまずありえない。だからこそ、ここに助力を請いに来たのだ。それなのにまだ戻ってこないということは、何らかの理由があり、カマイタチを追いかけているのだろう。光陽が守ろうとしていた人物は、自分から事件に首を突っ込んでしまっていたようだ。誰も何も言えず、しばらく沈黙が流れる。その静寂を切り裂いたのは、冷静を取り戻した皇后だった。