第二十九話 巣穴

文字数 720文字

(ここだっ!)



 目の前に現れた、ひと際大きな杉の木。そこから一段と強い臭いを感じる。ここが巣と確信し地上に降りれば、木の根元に動物の巣穴があった。カマイタチの物にしては少し大きいが、そこから匂いが漂ってくる。熊か何かの巣を再利用し、使っているのだろう。穴の中を覗いてみるが、奥深く掘り進められており中の様子が分からない。トラツグミの姿で潜入すること自体はたやすいが、今の翠では万が一見つかった時、逃げ切れるかどうか。今すぐに簪を取り返したい衝動と、援軍を呼びに行った方がいいという理性がせめぎ合う。穴の前でどうするべきか迷っていると、森の中から声が聞こえてきた。翠は慌てて飛翔し、別の木の枝に降り立つ。やってきたのは翠と遭遇したものとは別のカマイタチ二匹だった。身を縮めながら様子を伺うと、翠がいるとは知らないカマイタチは仕事への愚痴をこぼす。



「この仕事だるいよなぁ。毒の爪はありがたいけど……」
「ちまちま部屋を漁るより荷馬車襲う方が楽だよな。なんでお頭はこんな仕事受けたんだ」
「なんでも、白牙国の爺さんがかなりの金額提示してきたらしい。全員がしばらく遊んで暮らせる位の金を前払いでもらっているって聞いた。しかも成功したら追加で金を出すらしい」
「へぇ。じゃあさっさとこの装飾、爺さんに渡して仕事終わらせようぜ」
「おうよ!」



 見られているとは最後まで気づかず、二匹は先ほどの穴の中へと姿を消していった。見つからなかったことにホッとしながら、木の下に降り立つ。この穴の中に一体何人いるか分からない。今のまま潜入しても狩られるだけだ。ようやく冷静さを取り戻した翠は、援軍を連れてくる為に来た道を戻っていった。


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登場人物紹介

翠(すい):17歳の鵺。力を一部しか使えず、自分に自信がない為、身分や立場にこだわるようになった。身の丈にあった生活をすることが夢であったが、大好きな従姉に請われ、従姉を支える為に出仕した。現在、皇后付き兼帝付きの侍女をしている。幼少期に助けてもらって以来、光陽に恋心を抱いているが、大人になってからは距離を取るようになった。

光陽(こうよう):22歳の鬼と妖狐のハーフ。仕事には真面目であり、現在近衛左中将の地位にある。帝とは乳兄弟で、帝が心を許せる数少ない相手。天然たらしな為、宮中にいる時は周りに女性がいることが多い。が、本人は恋愛に疎く、友情の恋愛の違いが分かっていない。狐の性質が翠に向かいやすく、翠をからかって遊ぶことが好き。皇后からは嫌われているが、自身も皇后を苦手にしている。

有比良(ありひら):銀鬼国の今上帝。この国で最強の鬼で22歳。光陽とは乳兄弟で光陽を信頼している。クールで寡黙だが皇后を溺愛している。後宮には約100人の妃がいる為、光陽からは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。

香子(かおるこ):鵺で翠の従姉。皇后として有比良を支える。翠のことになると猪突猛進になりがちで、はっきりしない光陽が嫌い。隙あれば光陽を呪い殺そうとする。

水月(みづき):翠の幼なじみの鵺。鵺としての力は弱いが、配達屋としての地位を確立。貴族からの信頼も厚い。翠が好きだが本人にはこれっぽっちも伝わっていない。

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