第四十四話 北へ

文字数 765文字

 激しく打ち付ける雨の中、老人は森の中を進み、北へ北へと急いでいた。その足取りは老人のそれにしては軽快で、顔は些か高揚していた。



「久々に面白いものが見られたわい」



 柄にもなく、心が躍るのを感じながら先ほどの光景を思い返す。



 カマイタチと対峙する底なしの力を持った妖狐と、人型のまま力を使う鵺――



 どちらも通常の妖怪のそれとは全く異なる力の持ち主だった。王に匹敵する力を持っているのではないだろうか。特に鵺の方は、力の調節(コントロール)が出来ないようだったが、それは力を封じられているからだろうと老人は睨んでいた。でなければ、人型のまま力を使えることの説明がつかない。通常、妖怪は人型のまま力を使うことは出来ないのだから。どんな理由で封じられたかは分からないが、封じられてもなお人型のままあれだけの力を使えるのだ。封印が解かれた時、どれほどの力になるのか。想像しただけでも身震いがする。このことをガシャドクロが知れば、同じように胸を高鳴らせるに違いない。いつの間にか自分も主に似てしまったようだ、と苦笑いをしながら、懐の袋から簪を取り出す。



「この簪も、もしかするとあ奴の物かもしれぬな」



 カマイタチが集めてきた中で、ひと際強い力を秘めた簪。あの騒動の中で持ち出せた物はわずかだったが、これ一つで儀式は十分執り行える。それに、これを使うことで自分が伝えなくとも主は鵺に興味を持つかもしれない。そうなった時、主はどういう行動を取るのか。凡人たる老人には全く想像がつかなかった。分からないからこそ、興味が沸くというものだ。



「今から楽しみじゃな」



 その為にも、まずはこの簪を届けることが自分の使命。老人は飄々と木々をかいくぐりながら自国へと足早に進んでいったのだった。


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登場人物紹介

翠(すい):17歳の鵺。力を一部しか使えず、自分に自信がない為、身分や立場にこだわるようになった。身の丈にあった生活をすることが夢であったが、大好きな従姉に請われ、従姉を支える為に出仕した。現在、皇后付き兼帝付きの侍女をしている。幼少期に助けてもらって以来、光陽に恋心を抱いているが、大人になってからは距離を取るようになった。

光陽(こうよう):22歳の鬼と妖狐のハーフ。仕事には真面目であり、現在近衛左中将の地位にある。帝とは乳兄弟で、帝が心を許せる数少ない相手。天然たらしな為、宮中にいる時は周りに女性がいることが多い。が、本人は恋愛に疎く、友情の恋愛の違いが分かっていない。狐の性質が翠に向かいやすく、翠をからかって遊ぶことが好き。皇后からは嫌われているが、自身も皇后を苦手にしている。

有比良(ありひら):銀鬼国の今上帝。この国で最強の鬼で22歳。光陽とは乳兄弟で光陽を信頼している。クールで寡黙だが皇后を溺愛している。後宮には約100人の妃がいる為、光陽からは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。

香子(かおるこ):鵺で翠の従姉。皇后として有比良を支える。翠のことになると猪突猛進になりがちで、はっきりしない光陽が嫌い。隙あれば光陽を呪い殺そうとする。

水月(みづき):翠の幼なじみの鵺。鵺としての力は弱いが、配達屋としての地位を確立。貴族からの信頼も厚い。翠が好きだが本人にはこれっぽっちも伝わっていない。

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