第五十話 白牙国の春
文字数 1,547文字
集まった貴族達が各々に与えられた席に座する。貴族達の視線を背に、藍姫は粛々と儀式を進めていく。紙を胸元に戻しパンッと柏手を打てば、棺の上の簪が光り始めた。あまりの神々しさに、どこからともなく感嘆の声が漏れる。
(儀式中だというのに……静かにせんかい小童どもめ……)
心の中でそんな文句を垂れながら、老人は再び意識を目の前の儀式に集中させた。周りの雑音に流されることなく、藍姫は淡々と祝詞を続けている。やがて、儀式は終盤へと差し掛かった。
簪の光が棺を包み込み、強い光を発した――
あまりに眩い光に老人は思わず目を瞑る。目を開けてはいられなかった。そんな中、再び柏手が神殿中に鳴り響く。藍姫の声が途切れたのと同時に瞼を開けば、先ほどの光は消えていた。そして、棺の上にあったはずの簪もいつの間にか無くなっていた。
「皆様、王が目覚めます。拝礼を」
藍姫の声に従い、その場にいた者は一斉に拝礼をする。しばらく後、カタカタと音が鳴り始めた。やがて、ガタンッという鈍い音と共に棺の中から一人の青年が起き上がった。
「おはようございます。ガシャドクロ様」
「おはようございます」
藍姫の後に続き、貴族達が言葉を繰り返す。ガシャドクロの目覚めだった。自分に最高礼を取る貴族達を後目に、ガシャドクロは手の平を開閉する。ずっと眠りについていた為か、身体が思うように動かない。しかし、身体からは力が漲っていた。眠りにつく前よりも、はるかに強い力が宿っているのを感じる。ガシャドクロはニヤリと口角を上げた。
「よくやった。褒めてやる。この力を俺に与えた奴は前に出てこい」
呼ばれた老人はガシャドクロの前に出た。そして、拝礼をしながら言葉を紡ぐ。
「お褒めに預かり光栄でございます」
「ぬらりひょんか。この力、通常の妖怪の物ではないだろう? どこで見つけてきた?」
「銀鬼国にございます」
老人は頭を上げ、目元を細める。ガシャドクロの瞳が輝いたのを、老人は見逃さなかった。子どものように胸を躍らせているのだろう。そしてその瞳は今度は老人に話の続きを催促していた。しょうがない御仁だと感じながらも、老人は言葉を続ける。
「銀鬼国にて、人型のまま力を使う鵺を見つけました。今回儀式に使わせていただいたのは、その鵺の持ち物と思われます」
老人の言葉に周りの貴族達が沸く。当然だろう。そんな妖怪、今まで存在しなかったのだから。脅威に感じる者、好奇心をそそられる者、様々な反応が雑踏となって寝殿内に響き渡った。そんな中、老人の話を聞いて暫く黙り込んでいたガシャドクロだったが、唐突に笑い声をあげる。
「面白いっ! 俺の寝ている間にそんな面白いことが起こるとはなっ! そいつに会ってみたいものだっ!」
「探させますかな?」
「いや、いい。今はこの身体を回復させる方が先だろう。だいぶなまっている」
そう言いながら、ガシャドクロはゆっくりと棺から出る。そして部下達に向き直ると、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「俺は今から療養に出る。お前達も鍛えておけ」
「では、お戻りになられたら戦を?」
「それはその時考える。じゃあな」
それだけを言い残し、ガシャドクロは真っ直ぐ扉へと向かって歩き始めた。慌てて拝礼をする部下達の間を通り抜けながら、ガシャドクロは外に出たその時だった。
一つ、温かい風を吹く――
風に誘われるように、木々達は目を覚まし、薄紅色の花を咲かせた。白牙国に数年ぶりに春が訪れた瞬間だ。その様子を満足気に眺めた後、ガシャドクロは一人の共も連れずどこかへと姿を消したのだった
(儀式中だというのに……静かにせんかい小童どもめ……)
心の中でそんな文句を垂れながら、老人は再び意識を目の前の儀式に集中させた。周りの雑音に流されることなく、藍姫は淡々と祝詞を続けている。やがて、儀式は終盤へと差し掛かった。
簪の光が棺を包み込み、強い光を発した――
あまりに眩い光に老人は思わず目を瞑る。目を開けてはいられなかった。そんな中、再び柏手が神殿中に鳴り響く。藍姫の声が途切れたのと同時に瞼を開けば、先ほどの光は消えていた。そして、棺の上にあったはずの簪もいつの間にか無くなっていた。
「皆様、王が目覚めます。拝礼を」
藍姫の声に従い、その場にいた者は一斉に拝礼をする。しばらく後、カタカタと音が鳴り始めた。やがて、ガタンッという鈍い音と共に棺の中から一人の青年が起き上がった。
「おはようございます。ガシャドクロ様」
「おはようございます」
藍姫の後に続き、貴族達が言葉を繰り返す。ガシャドクロの目覚めだった。自分に最高礼を取る貴族達を後目に、ガシャドクロは手の平を開閉する。ずっと眠りについていた為か、身体が思うように動かない。しかし、身体からは力が漲っていた。眠りにつく前よりも、はるかに強い力が宿っているのを感じる。ガシャドクロはニヤリと口角を上げた。
「よくやった。褒めてやる。この力を俺に与えた奴は前に出てこい」
呼ばれた老人はガシャドクロの前に出た。そして、拝礼をしながら言葉を紡ぐ。
「お褒めに預かり光栄でございます」
「ぬらりひょんか。この力、通常の妖怪の物ではないだろう? どこで見つけてきた?」
「銀鬼国にございます」
老人は頭を上げ、目元を細める。ガシャドクロの瞳が輝いたのを、老人は見逃さなかった。子どものように胸を躍らせているのだろう。そしてその瞳は今度は老人に話の続きを催促していた。しょうがない御仁だと感じながらも、老人は言葉を続ける。
「銀鬼国にて、人型のまま力を使う鵺を見つけました。今回儀式に使わせていただいたのは、その鵺の持ち物と思われます」
老人の言葉に周りの貴族達が沸く。当然だろう。そんな妖怪、今まで存在しなかったのだから。脅威に感じる者、好奇心をそそられる者、様々な反応が雑踏となって寝殿内に響き渡った。そんな中、老人の話を聞いて暫く黙り込んでいたガシャドクロだったが、唐突に笑い声をあげる。
「面白いっ! 俺の寝ている間にそんな面白いことが起こるとはなっ! そいつに会ってみたいものだっ!」
「探させますかな?」
「いや、いい。今はこの身体を回復させる方が先だろう。だいぶなまっている」
そう言いながら、ガシャドクロはゆっくりと棺から出る。そして部下達に向き直ると、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「俺は今から療養に出る。お前達も鍛えておけ」
「では、お戻りになられたら戦を?」
「それはその時考える。じゃあな」
それだけを言い残し、ガシャドクロは真っ直ぐ扉へと向かって歩き始めた。慌てて拝礼をする部下達の間を通り抜けながら、ガシャドクロは外に出たその時だった。
一つ、温かい風を吹く――
風に誘われるように、木々達は目を覚まし、薄紅色の花を咲かせた。白牙国に数年ぶりに春が訪れた瞬間だ。その様子を満足気に眺めた後、ガシャドクロは一人の共も連れずどこかへと姿を消したのだった