第三十三話 鵺の鳴き声

文字数 1,646文字

「光兄、本当にこっちに翠がいるんですか」



 玄武門を抜けた先にある裏山。整備されていない獣道を進みながら、水月は額の汗を拭う。変化をしているならこんな山道楽々と通れるだろうが、人型では少々辛い。だが、汗をかいているのは水月だけだった。光陽を始めとした軍人達は涼しい顔で登っていた。疲れの色が濃い水月を横目に見ながら、光陽はニヤリと笑う。



「あぁ。もうすぐだよ。疲れたなら水月はここで休んでいてもいいけど?」
「冗談でしょ。ここまでついてきたんだから最後まで一緒に行きますよ」
「水月は相変わらず頑張り屋だな。偉い偉い」
「子ども扱いしないでください。それより、前から聞きたいと思っていたんですけど」
「何?」
「何で光兄は翠を見つけられるんですか? 何の手がかりもないのに」



 それは、幼い頃からの疑問だった。いつも、翠が迷子になる度に光陽は翠の居場所を探し当てた。それも、まるで最初から居場所が分かっているかのように、真っ直ぐと進んでいく。そんな光陽を幼心にかっこいいと思っていた時期もあった。今日こそこの問いに答えてもらおうと真っ直ぐ、彼の瞳を見つめれば、彼は珍しく困ったような笑みを浮かべる。



「んー……これ言っても多分信じてもらえないと思うけど?」
「それでも、教えてもらいたいです」
「……鳴き声が聞こえるんだ」
「鳴き声?」



 ふと、光陽が空を見上げる。それに釣られるようにして水月も上を見れば、燕が鳴きながら大空を舞っていた。その姿を見ながら、光陽は目元を緩めた。



「水月は……鵺の鳴き声を聞いたことある?」
「ヒューヒューってやつ?」
「そう。今もあっちから聞こえてるけど分かる?」



 そう言って進行方向を指差すが、水月には何も聞こえない。聞こえるのは、頭上を跳ぶ燕の鳴き声だけだった。首を傾げれば、光陽がクツクツと喉を鳴らす。



「聞こえないだろ? あれ、俺にしか聞こえてないらしいんだ。しかも、翠も鳴いているわけじゃなくて……皇后様曰く、俺もあいつも一族では異質な存在だから何等かの条件が揃った時に無意識に呼び合っているんじゃないかってことらしい」



 俄かには信じがたい話だった。けれど、今まで光陽が翠を探し出してきた姿を水月は間近で見てきた。時には誰も寄り付かないような都の端の側溝にはまっていて、何故そんな所にと周りの大人達が首を傾げたこともある。人浚いにあい、見つけ出せたことが奇跡だったこともあった。信じるより他にはない。



「信じますよ。少なくとも俺は。じゃないと説明付かないこといっぱいありますもんね」
「ありがとう。水月は素直だな。関心関心」
「ちょっ……だから子ども扱いはやめてくださいって!」



 抗議をするが、光陽は相手にしてくれない。それどころか、緩みきった顔で水月の頭を撫でてきた。こんな表情を浮かべる彼を見たのは、子どもの頃以来かもしれない。よほど嬉しかったのだろうが、部下の前で良いのだろうかと思い、チラリと横目で確認する。だが、光陽の部下達はこちらに興味がないのか、無表情で足を進めている。光陽も水月の視線を追い部下達を見ると、嬉しそうに目を細めた。



「よく出来た部下達だろ? 俺が何しても表情を変えない」
「表情を変えないというか……光兄に興味がないように見えるんすけど」
「それは違う。あいつらにとっていつもの事なだけだ」



 水月の言葉を否定しながら、光陽はフンとどこか偉そうに鼻を鳴らす。



「いつも女の子達と遊んでいるから、これくらい気に留めることじゃないんだよ」
(それは威張って言うことじゃない……)



 成長して変な遊びを覚えてしまったらしい兄貴分に、思わず肩を落とす。幼い頃の幻影が、カラカラと音を立てて崩れ去ったのを感じた。ますます、翠が何故この男を選ぶのかが理解できない。見つけたらいかにこの兄貴分が残念かを伝えなければ、と心に決めた。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

翠(すい):17歳の鵺。力を一部しか使えず、自分に自信がない為、身分や立場にこだわるようになった。身の丈にあった生活をすることが夢であったが、大好きな従姉に請われ、従姉を支える為に出仕した。現在、皇后付き兼帝付きの侍女をしている。幼少期に助けてもらって以来、光陽に恋心を抱いているが、大人になってからは距離を取るようになった。

光陽(こうよう):22歳の鬼と妖狐のハーフ。仕事には真面目であり、現在近衛左中将の地位にある。帝とは乳兄弟で、帝が心を許せる数少ない相手。天然たらしな為、宮中にいる時は周りに女性がいることが多い。が、本人は恋愛に疎く、友情の恋愛の違いが分かっていない。狐の性質が翠に向かいやすく、翠をからかって遊ぶことが好き。皇后からは嫌われているが、自身も皇后を苦手にしている。

有比良(ありひら):銀鬼国の今上帝。この国で最強の鬼で22歳。光陽とは乳兄弟で光陽を信頼している。クールで寡黙だが皇后を溺愛している。後宮には約100人の妃がいる為、光陽からは「ムッツリスケベ」と呼ばれている。

香子(かおるこ):鵺で翠の従姉。皇后として有比良を支える。翠のことになると猪突猛進になりがちで、はっきりしない光陽が嫌い。隙あれば光陽を呪い殺そうとする。

水月(みづき):翠の幼なじみの鵺。鵺としての力は弱いが、配達屋としての地位を確立。貴族からの信頼も厚い。翠が好きだが本人にはこれっぽっちも伝わっていない。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み