第4夜 17節
文字数 2,388文字
……けれど、時の流れはフタバの心を少しずつ癒していった。「立ち直る」と云うのは、人間に与えられた「心を守る防衛本能」なのだろう。ヒナはそれが出来なかったようだが、フタバは少しずつ、心を成長させていった。
………外に、出てみようかな。
不意にそんな事を思える日がやってきて……フタバは、千数年ぶりに外に出た。そして、彼女は驚愕する事になる。
見上げるほど高いビルの群れ。行き交う人々は見た事ないくらいに多くて、道はカチカチに舗装され、窓ガラスが太陽を反射して煌めいていて………。
千数年の間に、世界はとてつもない変化を遂げていた。あまりに綺麗で、素敵な景色。フタバは、自分もこの世界で生きてみたいと思うようになり……社会に溶け込むべく勉強を重ねた。
フタバは元来明るい性格だ。その性格も相まって、彼女は簡単に社会に溶け込む事が出来た。職に就き、サツキが…そしてヒナが願った通りに、人間としての生活を送るようになった。
そしてフタバは─────とある男性と、恋に落ちた。
彼は、神事を執り行う一族の末裔だった。微力ながら霊力を受け継いだ彼は、フタバと恋に落ちながらも……彼女の半分は人間では無いと、そう気付いていた。
気付いていたのは彼だけではなく、彼の一族も同じだった。
だから、一族はフタバと彼────樹(イツキ)が結婚する事を反対した。
けれど、二人は諦めなかった。何度も説得を試みて、何度も話し合って……それでも駄目だと分かると、樹は家を自分から破門になって、半ば無理矢理フタバと結婚した。
フタバは、彼のその勇気に活力を貰い────とある決心をする。
それは、「妖である事を捨てる」禁呪を行う事だ。
妖である以上、フタバは樹より長命だ。
樹を失い、長い時間を独りで生きるなど……そんなのはあまりに酷だった。
………種族を変える事は、そう簡単には出来ない。もし仮に出来るとしても、それは少なくともどちらかの命を犠牲にしなければ出来ないだろう。
それではいけない。だから─────フタバと樹は、「妖力を使い切る」術を行う事を決める。妖の力の全ての源は感情エネルギー……妖力だ。だから、妖力を使い切ってしまえば人間と大差がなくなる……二人はそう考えた。
神事を行う一族の生まれである樹と、フタバの持つ全妖力を使って………二人は術を行った。
その術は────どうやら、成功に終わったようだった。
妖力を失い、人間同然になったフタバは樹と共に人生を歩み………そして、子供を授かる。
ねぇレナ、飽いてきてはいないわよね?ここからよ。
その子供は、双子だった。
だが、妹の方は残念ながら、死産に終わった。
─────その死産した双子の片割れに、とあるものが宿った。
それは─────「殺気」と云う概念…感情の力に戻った、サツキの残り香だった。
サツキは、死産した妹に取り憑き、宿り……再び、身体を手にしてこの世界に舞い戻ってきた。フタバと樹は、死んだ筈の片割れが蘇ったと喜びを共にする。
………双子?
蘇ったサツキは、隣を見た。
そこには、青い瞳とブロンドの髪を持つ、赤子の姿が─────
不意に……彼女の面影が、ヒナに重なる。
………あるじ、さま?
サツキは目を見開いた。
髪の色も、瞳の色も、何もかもが違う。
けれど、けれど間違いない。アタシが間違える筈が無い。
目の前のこの子は────新しいアタシの双子の姉は、ヒナの生まれ変わりだ。
フタバは双子の赤ん坊を抱き上げると、優しい声で告げた。
「───ナ。レナ。そう、あなたの名は…レナ。私の、いえ…私達の可愛い娘。そして、あなたは────」
自分の名前など、どうでもよかった。
この、ヒナの生まれ変わりの赤子はレナと云うのか。
名前までそっくりで、心なしか嬉しくなる。
………もしかして。
もしかして、ヒナを蘇らせる事が……出来るかもしれない。
このレナと云う子供に、闇の感情エネルギーと……そして力を与えれば、彼女は覚醒し……彼女の中に眠る「ヒナ」が目醒めるかもしれない。
ああ、そうだ。そうであれば、どれだけ素敵だろう────!
サツキはずっと後悔していた。
ヒナを失った事を、ずっと後悔していた。
それが、やり直せるのであれば──────!
………やり直せるのであれば。そうなのであれば。
─────アタシは、どんな犠牲だって払ってやる。
「─────え」
すぱり、と漆黒の荊棘が、フタバと…近くに居た樹の首を落とす。
フタバは目を見開く。その荊棘は、抱き上げた自分の子供の片割れから伸びていた。
ぱっ、とレナとサツキを落とすフタバ。サツキは妖力を変形させて、自分の身体を少女の姿に成長させた。昔のような長髪では無い。緩やかにカールを描いた、ミディアムヘアの銀髪だった。その面影に見覚えのあるフタバは、首が落ちる直前に「さ……つき……?」と零して────そして、呆気なく息絶えた。
サツキは自由落下するレナを抱えると、冷ややかな目でフタバと樹の亡骸を見下ろした。
『………悪いわね、フタバ。でも……アタシは悪い妖だから、自分勝手に生きるの。自分勝手に命を奪うの。………もう、これ以上、何かを失いたくないの。奪われたくないの。だから────アタシは、全てを奪う。』
腕の中を覗き込むと、両親を一度に亡くしたのにも関わらずにこりと無慈悲に微笑むレナの青い両眼と目が合った。……その冷酷さ、主サマにそっくりよ。サツキは嗤う。
『あぁ、レナ。アタシの可愛いお人形サン─────ちゃんと、アタシ…アンタを導いてあげるわ。だから、早く悪夢の華を咲かせて、此方においで。アタシの元に、帰ってきて─────』