第3夜 1節
文字数 7,668文字
「────っていう訳で、私達は【クレナイ】に来たんだよ」
セツナが話し終わった頃には、コップの麦茶はすっかり無くなっていた。グラスの外側に結露した水滴がつぅっと滴って机に落ちる。……彼女達を取り巻く運命は、自分など比べ物にならない程に仄暗く、残酷だ。それなのにセツナは……そして、レナは明るく振る舞おうと努力している。二人は、とても強いな───雪音はそう感じた。
「……雪音、大丈夫?しんどくない?」
「あ、ううん……僕は大丈夫。話してくれて有難う……セツナちゃんこそ大丈夫?辛くない?」
「ふふ、心配してくれて有難う。私も大丈夫。……それにしても、話せば話すほどレナが特異点だって事が解るなぁ……」
「そう……だね…。さっき話してくれた【発狂症】の事も……それから邪気の事も。……まるで、レナちゃんは普通の人間じゃないみたいで─────」
そこまで言ったところでキィ、と軋んだ音を立てて部屋の奥の扉が開かれる。……深夜に物音は少し怖い。雪音とセツナは意識をそちらに向ける。そこには、目を擦りながら部屋から出てくるレナの姿があった。……意識、戻ったんだ…。雪音はほっと胸を撫で下ろす。
「……レナ」
「……あれ、セツナに雪音……まだ起きてたの…?もう深夜だよ」
「レナが目を覚さないから心配して眠れなかったんだよ、当事者が一番のんきだなぁ」
「ぁえっ、そうだったの…!?そ、それはごめん…」
むぅ、と頬を膨らませて怒る素振りを見せたセツナに謝ったレナは、中央の机まで来て「何か話してたの?」と訊いてくる。君の話をしてました、と云うのは些か不審に思われるだろうか…などと雪音は思案していたが、セツナが「うん過去の話」とキッパリと言うので、大丈夫なのかと判断してうんうん、と相槌を打った。
レナはきょとんとした顔をして……そして次いで少し悲しげに瞳を揺らして笑った。
「あはは、ろくでもない過去だったでしょ、雪音……。セツナっておどろおどろしく語るから怖かったんじゃないかな?大丈夫?」
「いやいや、聞けて良かったよ…!ちゃんと、二人の事を知って力になりたいって思ってるから」
「……そっか……有難う、雪音。……セツナ、どこまで話したの?【裏社会】を抜け出せたあたり?」
「ううん、【クレナイ】に拉致されるところまで話したよ。…私目線の話だからレナと【ユキ】の心情とかはちょっと想像になっちゃったけど」
「【ユキ】……か……。うーん……私も話そうか?私目線で。……もうこんな時間だし、寝てもいいんだけど」
「あ、それ助かるかも。レナ目線の方が分かる事が多いかもしれないし……」
「私も【ユキ】の心情とかは想像になっちゃうけどね……」
そう言いながら席に着くレナ。セツナがもう一つグラスを用意して、麦茶を注いだ。レナは有難う、とそれを受け取ると……ゆっくり、ゆっくりと語り出した────。
………あの日から、一ヶ月が経過した。
時の流れと云うのは残酷で、この狂った人体実験の日常も…雪音にとって「当たり前」のものになってしまった。レナとセツナと居住区域を回って、食糧配給の貰い方を教わって、研究長への愚痴を聞いて、前の研究所では当たり前だったベッドメイキングの仕方を二人に教えたりして、そして、実験を受ける。……そんな日々。
雪音に対しての実験は順調にレベル3まで進み、彼は脳波を掻い潜って「相手の無意識を突く動き」や「死角からの奇襲攻撃」などのスキルを磨いていった。
セツナに対しては、霊力が脳や神経にどのように影響しているのか、どのように作り出されているのかを調べる実験が行われた。「脳をじろじろ見られるのってプライバシーの侵害だと思うんだよね」とぷんぷん怒っていたっけな。現時点で霊力の解明は出来ていないようだが……その力が【能力】とは別のものである事は分かったらしかった。
そして、レナには────少しずつ、本当に少しずつ…植え付けた【ヤミカガミ】を成長させる実験が行われていた。興奮剤らしき注射で理性の殻を破りつつ、電気ショックで肉体と精神に負荷をかけ、アンドロイドや研究員達との戦闘訓練───彼等はレナを殺す気で向かってくるのだから訓練では無いかもしれないが───で、【ヤミカガミ】の引き出し方を学びつつ………簡単に言えばそんな感じの日々だった。
レナは【ヤミカガミ】の侵蝕が始まると、自室に籠る事が少しずつ増えていった。時折、彼女の部屋からは涙を堪えているかのような嗚咽と……そして、痛みと苦痛を感じさせる短い悲鳴、それから荒い息遣いが聞こえた。……その度に雪音とセツナは、「レナがレナで無いナニカになってしまったらどうしよう」と不安に駆られるのだった。その癖、彼女は雪音やセツナの前に出てきた時は明るくて優しい。それが、堪らなく痛々しくて──────。
……それは、ある日の深夜。
レナは音を立てずにこっそりと自室から顔を出し……雪音とセツナが自室に戻っている事を確認すると、そっと部屋を、そして「家」を抜け出した。
ひたり、ひたり。……季節区分的には夏。だが、研究所の夜はまだ涼しい。冷たいコンクリートの床を踏み締めながら大通りを進み……居住区域の入り口へ辿り着いた。両開きの鉄の大きな扉……頭上に非常口を示すランプがぼんやりと緑色の光を放っている。レナは、手に持った【ICカード】を入り口のパネルにかざす……ガシャ、と大きな音を立てて錠が外れた。……あまり大きな音を出さないで欲しい。心臓に悪いし、此処に住む数多の実験体にとって毒だ………「自分達もひょっとして、このエリアから抜け出せるかもしれない」…そんな期待を抱かせる事は。
そう思案しながら扉の取手に手を掛けると、レナは廊下へ踊り出した。
薄暗い廊下を進み、突き当たりのエレベーター……は職員用なので、横の非常階段を降りていく。カツン、カツン……息苦しい程の静寂の中、自分の足音だけが響いている。
………セツナにも雪音にも、レナは隠している事がある。二人の事は信じているし、大切だと思っている。だが、信じていて大切だと思っているからこそ……今からやるような事は隠し通したい。隠し事なんて、良くない事なのは分かっている。けれど───彼等はきっと、私の秘密を知ったところでいい顔をしない。寧ろ、止めに入られる可能性だってある。……けれど、自分にはこれが必要なんだ。二人に、これ以上心配と迷惑をかけないために……。
……そう考えを巡らせている間に、レナは地下4階に辿り着いていた。地下3階と同様に続く、薄暗いコンクリートの廊下。チカチカと天井のLEDが点いたり消えたりを繰り返していて、かなり不気味だ。……地下3階より、なんだか肌寒い気がする。少し鳥肌の立っている両腕をさすりながら廊下を進み……突き当たりの扉を、カードを使って開ける。
そこは──────。
───そこは、居住区域同様に広々とした部屋だった。
部屋、と云うよりフロア、と呼んだ方が正しいだろう。鉄筋コンクリートの立方体のフロア……金属製の棚が中央の広間を避けて配置されており、そこには戦闘用、警備用、実験用、手術用、清掃用……その他様々なアンドロイド、実験器具や機器、手術用具、白衣、手袋、マスク……薬品などが所狭しと置いてあった。
【倉庫】─────この地下4階は、そんなエリアだ。
だが、このエリアの真骨頂はそれらの備品では無い。
……ゴポ、と云う音が、歩みを進めるレナの真横から聞こえてくる。
レナはそちらを見遣った────そこには、壁一面に培養液を入れた筒状の保管容器が鎮座してあり…その中には、体を歪な形に歪めたバケモノ達が眠っていた。
………。
【クレナイ】の実験は、全てが成功している訳ではない。
【能力】を開花させて手に入れ、薔薇の華を贈られて卒業できるのは全実験体のうち数%にも満たないのだ。残りの9割9分は、【能力】に適合する事が出来ず、その人生に幕を引く。
……適合出来なければどうなるか?
全ての【能力】はサツキの力を原型として、人間が適合できるよう人為的に手を加えている。だが、それにも適合出来ない個体は……人間では【無くなってしまう】のだ。
血流の増大。心拍数、脳波の異常。細胞分裂、ホルモンバランスの異常……それらが重なって、体が異形の怪物へと変わってしまう。勿論、影響があるのは体だけでは無い。脳細胞が死滅、或いは何らかの原因で進化してしまい、人間らしい思考能力も失ってしまうのだ。………もうこうなっては、それらを「人間」として認識する事は出来ないだろう。
彼等はもう、助かる事は無い………だが、【使い道】はある。
だからこの地下4階に、保管されているのだ。
「……今日も来てくれたね、レナ」
培養液の中の失敗作達を悲しそうに眺めていたレナの名を、誰かが呼んだ。
レナはゆっくりとそちらに目を遣る。
………そこには、黒い長髪を緩く三つ編みにして黒縁の眼鏡を掛け、紅の瞳を持ち実験着に身を包んだ、レナと同じくらいの歳の少女が微笑みながら立っていた。
「………ユキ」
「最初は『なんで生きてるの!?』ってあたふたしてたのに、七日目にしてもう落ち着いちゃってさ……慣れって怖いわね。レナって慣れるの早い方?」
くすくす、と少し小馬鹿にしたような口調で話し掛けてくる「ユキ」と云う少女。彼女は「お喋りしてる時間は無かったかしら?」と言うとその真紅の両眼でレナを見据えた。
………ユキ。星野、有希。
それが彼女の名前だ。レナにとって……そして、セツナにとっても記憶に残っている、大切な友達。彼女は、レナ達の前から姿を消した筈だった。けれど、何故か……彼女はこの【クレナイ】の従順な実験体になっていて───更に、【能力者】として完成しているのだ。
「……え?何ぼーっとして。ひょっとして私の事考えてた?……ふふ、考えても貴女の空っぽな頭じゃ、何も分からないでしょ。そんな事より【実験】を始めましょう────ねぇ、出来損ないの【一代目】」
………彼女は、二代目だ。
【ヤミカガミ】の、二代目。
レナに【ヤミカガミ】を与える事は、レナが此処に来た当初から決まっていた事らしい。それを決めたのは……恐らく、サツキだ。けれど、レナの予備としてもう一人、【ヤミカガミ】の器を作る実験を行われた実験体が居た─────それが、ユキだ。
一ヶ月前、レナが【ヤミカガミ】の植え付けの実験をした時、彼女の暴走しやすい特質や体質を危ぶんで、ユキにも【ヤミカガミ】を植え付けたと云う。その結果、器としての実験を行なっていた事と何物にも適応しやすい体質、それから安定した精神状態も相まって実験はあっさり成功した。レナより後に【ヤミカガミ】を植えられながら、レナより早く【ヤミカガミ】と成ったユキ。卒業を間近に控えた彼女は、いつまでも力を使いこなせず、いつまでも【ヤミカガミ】の器となる覚悟を決められない一代目のレナに苛立ちと嫌悪感を覚え、軽蔑の眼差しを向けているのだった。
「……分かった」
レナはそう言うと、培養液の容器から離れて倉庫の中央へ移動する。ユキもまた、貼り付けた笑みを崩さないまま中央へ歩みを進めた。
深呼吸したレナは目を閉じると両の足にぐ、と力を込めて床を踏み締める。心臓から溢れさせた、どろどろと熱くてどす黒い感情を指の先まで巡らせるようにして、体温を上げるようにして……。
瞳を、そっと開く。
その瞳は、澄んだ青では無く……殺意を含んだ、紅だった。
……【ヤミカガミ】を自分の意思で顕現させられるようになったのはごく最近だ。感覚は何となく掴んだが、長い間は持たない。顕現にはとてつもない体力を使用するし、実験が長引くと、【ヤミカガミ】に呑み込まれてしまう……だから、急がなければ…!
───これは、研究長が提示したレナの極秘実験。
【ヤミカガミ】を自分の力でコントロールするための実験。
提案を呑んだのはレナだ。いつまでも【ヤミカガミ】に振り回されていては、セツナや雪音に迷惑がかかるから。
最初の日、「これを使って倉庫へ来なさい」と渡されたICカードを使って恐る恐る倉庫を訪れたレナを、研究長が待っていた。会話を交わし、実験を始めようかとなったところで───レナは不可視の攻撃に襲われた。…何処から!?誰!?
直感で間一髪避けたレナ……そして、彼女は攻撃の飛んできた方を見て、驚きに目を見開く。
……そこに居たのが、行方不明になっていた友達の、ユキだったから。
理由は分からない。けれど、彼女は生きていて……そして、【クレナイ】の実験体……もっと言えば、協力者になっているようだった。再会を喜ぶレナ。けれど、ユキはレナの好意を切り捨てた。「馬鹿ね、もう私は貴女の知る『私』じゃないわ」……と。
その証拠に、ユキはレナが知る彼女と性格が全く違っていた。穏やかで、感受性が豊かで、優しくて、内向的だった筈の彼女は……人を小馬鹿にしたような感じで、自信家で、狡猾で無慈悲な人間に変わっていたのだ。
研究長は、「彼女は、君の【二代目】だよ……けれど、君には彼女とはまた違ったポテンシャルと可能性を感じている。レナ、ユキを見て【ヤミカガミ】の使い方を学びなさい」と笑った。
そうして、一週間前から────ユキを相手にした【ヤミカガミ】の訓練が始まったのだった。
ユキはレナが【ヤミカガミ】を顕現させた事を悟ると、ぱちんと指を鳴らした。
その途端、左右の壁に置かれていた培養液の容器が音を立てて爆ぜる。培養液が辺りに飛び散り────そして、中で眠っていた怪物が目を覚ました。
………この怪物を、相手にしなくてはいけない。
「相手にする」と云えば、聞こえがいいな。言い方を変えれば……「この元人間の怪物を、殺す」のが実験のノルマだ。………だから、セツナや雪音には知られたくない。私は、人殺しでありながら────友達に「人殺しだ」と罵られたくない、自分勝手な人間なのだ。
「縺願?遨コ縺?◆繧医♂……」
化け物達はのそりのそりと容器から這いずり出てきて────レナを視認した途端、目の色を変えて襲いかかってきた。その速度は、人間の出せるものじゃない…!
身を空中に翻して避けるレナだが、髪の毛が数本持って行かれた。頬にぴっ、と赤い切り傷が出来る。
「ッ!!」
「縺願?遨コ縺?◆繧医♂!!」
先程と同じ鳴き声を上げて一斉に襲いかかってくる化け物。レナは足元に落ちた影から漆黒の荊棘を伸ばすと、それを自分に巻きつけるようにして防御の姿勢を取った。……倒さなきゃいけない。けれど、彼等は人間だ。倒すなんて、殺すなんて……そんな勇気が、まだ出ない。
その瞬間───ぴ、ぶるん、と音がして、レナに襲いかかっていたうちの一体の首が刎ねた。赤黒い液体が床を濡らす。見れば、ユキが背後から漆黒の荊棘を伸ばしていた。……その力を使って、化け物の首を落としたようだった。へたり、とレナはその場に崩れ落ちてしまう。
「本当に馬鹿ね。防戦ばかりじゃ【ヤミカガミ】を使いこなせてるなんて言えないわ。……ほら、仕留めなきゃ。殺さなきゃ。……怖いの?……ちッ、これだから平和ボケしてる貴女には虫唾が走るのよ」
「………っ」
「どうする?サツキを呼ぶ?壊れてみて存分に力を発揮して使い方を学ぶのもありだと思うけど。それか、力を自分のものに出来ない出来損ないの貴女を、研究長に代わって私が此処で処分してあげようか?」
レナは視線を泳がせる。
サツキを呼ばれて【ヤミカガミ】と【発狂症】の急性発現と急性発症を起こされるのはもう御免だ。治る確証も身体が付いていける確証も無ければ…もしかしたらユキをも殺めてしまうかもしれないのだから。
殺されるのは……。嫌には嫌だが、ここまで悪事を積み重ねてきた自分が罰として殺されるのは、仕方ない事のように思える。けれど、ユキをこのまま【クレナイ】の手下として放置しておきたくない。本当に彼女は、彼女の意思で此処に居るのだろうか。研究長に洗脳されているのでは?……その可能性は極めて高い。だから、ユキを正気に戻すまでは、自分は死んではいけないと思っている。
…………。
ならば、選択肢は一つしかない。
「………やる────」
座り込んだままそう言ったレナを、化け物達がワァァと奇声を上げながら取り囲む。レナは化け物に押し潰され──────
ぱん。
刹那、レナを囲んでいた化け物が爆ぜた。夥しい量の血液が宙を舞う。その間を縫ってレナは黒い荊棘を伸ばし、それが此方に向かってきていた残りの怪物達の首を刎ねた。
真紅の雨が、倉庫に降り注ぐ。ユキは手を高らかに掲げ……そうすると、ユキの頭上に不可視の板が構成されて汚らしい雨を防ぐ。レナは肩で息を吐き、呼吸を荒くし……そして髪と服を紅に染めながら立ち尽くしていた。
「はぁ…ッ、はあ、はぁッ………!!!!」
「へぇ、思ったよりやるじゃない。五十点ってとこね。行動までが遅すぎる……いい学校の期末考査なら再試もあり得る点数ね」
レナはその言葉を聞いていなかった……いや、正確には聞いている余裕が無かった。
一度に出力を上げすぎた。影から伸びる荊棘の群れが収まらない。湧き出る負の感情の制御が効かない。頭がズキズキして、時折意識がふっと遠のく。たった数秒の全力で、ここまで身体に負担がかかるとは……!まず、い、このまま……じゃ、また…コントロールを…失、う……!
「ぁ、う……ッぐ……、はぁ、はぁッ……!!だれ、か…助け、……!」
まだ極秘実験も七日目。まだ……【ヤミカガミ】に慣れていない。
ぐわ、と揺れる視界を必死に保ち、意識の糸を手繰り寄せながら正気を保とうとするが……依然として意識は混濁していくばかりで。
ばち、と身体から赤黒い火花が散った。それを見たユキははぁ、と溜息を吐くと左手を伸ばし………。
じゃきん!
漆黒の荊棘が地面から生え、レナの身体を縛り上げる。その太い蔓は、レナの力では断ち切れそうに無い。
「世話が焼けるわね、出来損ない。……暫くそこで大人しくしてなさい」
「ぁ……ッ…、う、………」
ユキは全く…とでも言いたげな顔をしてしゃがみ込むと、散乱したガラス片を摘み上げて天井のライトにかざした。それはきらりと光りながらユキの顔を反射する。
……自分の顔なんて、久しぶりに見た。変わってはいない。前と同じ、自分だ。
けれど……前の自分より、今の自分は───少し、不満そうな顔に見えた。
………。
「ねぇ、レナ」
ユキは、荊棘の蔓に縛り上げられて【ヤミカガミ】の発現に苦しむレナにそう声を掛けた。
一歩ずつ、歩み寄る。
「その力が収まるまで、ちょっとお話しましょうか」
レナは肩で息を吐きながら、ユキの真紅の瞳を覗き込んだ。……少し、懐かしい色を感じた。
「暇潰しに、そして貴女の意識を此方に呼び戻すために────私達が出会い、運命が廻り始めた時の話を。」
そう、あれは一年前。
これは、レナかセツナ、或いはユキが語る、彼女達の出会い────そして、彼女達が【クレナイ】の実験体になるまでの物語。