第2夜 2節

文字数 1,833文字

【裏社会】の一番通りにある、伝統的な佇まいを醸し出す屋敷。
そこで今年も、例年通りに親族会議が行われていた。
中央に座する老人男性が厳かに口を開く───「このままでは我が家系に代々伝わる【神憑りの儀式】は、今代で途絶えて仕舞うぞ」と。
誰か子供を産める夫婦は居らぬのか……。老いた者達はそう呼び掛けるが、ひそひそ、ざわざわと場が騒がしくなるだけで……名乗り出る若い世代は居なかった。

───御光(みこう)家。
それが、【裏社会】で神事を行う御三家の一つである、この一族の名だ。
彼等は【神憑り(かむがかり)の儀式】を行う事によって神や精霊の声を聞き、妖の気を鎮め、霊的な力を持って混沌の世を治める……それを理念に掲げた一族だった。

神?精霊?そんな馬鹿な、そんなものが存在するわけが……そう思う者も少なくは無いだろう。だが、【クレナイ】が実験体に与える能力も「自然の霊的な力を原動力としたオカルティックな力」だ。それは先程雪音が、そしてセツナが自分自身の目で見たもの。それはつまり、「霊的な力は存在する」と云う事は疑いようの無い事実、と云う事だ。超然的な力を使う為のソース元が「能力」という外付けのエネルギー源か、神や精霊という従来から存在する自然由来のエネルギー源か……。「能力」と「神と交流する一族」の二つの違いはそのくらいなものだ。
……話を戻そう。

兎も角、御光家は代々神事【神憑りの儀式】を行う事で地位を得て、繁栄を築いてきた。……だが、今彼等の一族は滅びの危機を迎えている。何故か?
───後を継ぐ子供が、産まれないのだ。
御光家は小さな家では無い。従って、本家の他にも分家が多数存在しており、子供を成せる環境、そして人材は常に整っている。しかし、産まれないのだ。子供を神事の神子として出家させれば自分達の利益になるのは確定された事項なのだから、避妊している者は殆ど居ない……居ないにも関わらず、子供が産まれない……。
これが神の試練か、と誰かが数年前に言った。それを皆信じて、ただひたむきに試練を耐えた。それでも、数年経ってなお、妊娠する親族は誰も居なかった。

断っておくと、不妊治療というものは【裏社会】にも存在する。だが【裏社会】の医師は免許を持っていない闇医者やヤブ医者が多数を占めている。治療には常識外な値段が掛かる事も珍しく無い。それに……神と交流する「神の子」を授かるのは神の祝福を受けた者──そのような考えがこの一族の伝統だ。科学的な力で妊娠するのは神への冒涜で、それによって産まれた子は「神の子」に在らず……そう唱える年寄り連中も少なくは無い。
従って、不妊治療などを受ける事は叶わず……この一族は少子化の一途を辿っているのだった。

「誰か一人くらい妊娠したっていいのに…」「このままでは不味いぞ」「私だって、願うなら子供が欲しいわよ…」などと様々な声がひしめき合っている座敷の扉が、どたどたと廊下を走って来た男によって開かれる。


「何奴じゃ」


中央に座していた老人がそう口にする。場の一同は開かれた扉の方を振り返った。
そこに居たのは、汗でびっしょりと親族会議用の袴を濡らした、分家の…名も知らぬような男だった。
元来大人しい性格の彼は、らしくなく鼻息を荒くしながら嬉々としてこう告げた。


「親様、妻が…!妻が、妊娠致しました…ッ!!」

「なんと…!?」


ざわめきに包まれる座敷。男は部屋に入ると「親様」と呼ばれた老人の前へ歩み寄り、妊娠検査の結果を見せた。それは確かに、陽性──新たな命が誕生している事を物語っていた。長の老人はそれをまじまじと穴が空くほど見つめ、それから男の肩を叩いてがはは…としわがれた声で笑った。


「よくやった…!これでまだ我が一族は絶えずに済む…!!本当に、本当によくやった…!!」

「有難き幸せに御座います…!」

「お前は我々の救世主だ……確か分家の…そのまた分家の者だったな。…そうだな、お前達夫婦には本家に加わる地位を授けよう……どうか神の子を産み、育て上げてくれ」

「は、はい…!」


それは、分家の者なら誰もが願う出世。
御光の本家は莫大な富を持っている。その一員になれば、一生遊んで暮らす事は容易いだろう……。男とその妻はその富と名誉、それから地位を手に入れ、御光の一族は次世代の儀式の神子を得ることができ、皆が安泰、幸福になる。まさに、ハッピーエンド。

────そうだったら、どれほど良い事か。
この最高の現状から、彼等の一族は…奈落へ転げ落ちる事になる。
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登場人物紹介

夜国 玲菜(やくに れな)


実験体A-11316-01


ブロンドのボブヘアに青いリボンと青い瞳の小柄な少女。

【発狂症】持ちにして、【ヤミカガミ】の適合者。妖の血を引いており、身体能力が高い。誰かを助けたいと強く思う反面、敵には容赦しないなど残酷。

白橋 雪奈(しらはし せつな)


実験体A-11316-02

 

紫がかった黒髪と黄金の瞳を持つ背の高い少女。類稀な「霊力」を秘めている。

神事【神憑り(かむがかり)の儀式】で繁栄を築いてきた「御光(みこう)家」の生まれ。 だが、儀式に出られるのは男児のみだったため一族から出来損ない呼ばわりされ虐待されて育つ。

白夜 雪音(びゃくや ゆきね)


実験体F-40556-E3


先端脳科学研究所で育ち、【クレナイ】に移ってきた実験体。

髪はもともとは黒かったが実験の影響で色が落ちてしまった。

実験を通して人間の限界まで身体能力を磨き上げられている。 おどおどしていて丁寧、優しい性格。

星野 有希(ほしの ゆき)


実験体L-90996-A4

 

学校でいじめを受けていた黒髪で眼鏡をかけた内気な少女。

レナの強さに勇気を貰っていじめっ子に反発したことでいじめが悪化し、屋上から身投げをする。その後【クレナイ】に拾われて二代目【ヤミカガミ】として完成する。だが、彼女は精神を破壊されており───。

サツキ


レナに助言を与える、銀の髪に紅の瞳を持つロリィタ服の少女。

対象の精神を汚染する「人を壊す力」を持ち、【クレナイ】の研究員と実験体に精神汚染を行っている【クレナイ】幹部にしてお姫様。

レナを特別視しているが、その理由とは…。

研究長:郷原雅人(さとはら まさと)


【Dolce】の職員にして能力開発研究所【クレナイ】の所長兼研究長。

人当たりがよく物腰柔らかで紳士的だが、倫理観がどうかしており、非人道的な人体実験だと理解した上で実験を行なっている狂人。
実は彼にも事情があって────。

ヒナ(緋那)


【感情の権化】───妖の1人にして、【死】そのものを司る、生きる厄災。

全てを奪い、失いながら永劫を生きる地獄に耐えられなくなり、禁呪を用いて命を絶った。だが、彼女の死が全ての物語の運命を歪める事となった───。

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